Sceggiöld | ナノ

すべらかな異心


「ゔお゙ぉい、入るぜぇ」

聞き慣れた濁声が耳を掠める。先程まで聞いていた声だ。
うとうと微睡んでいるイーヴァにはそれが現実の出来事なのか確かめようとする気力がない。うっすらと目を開けると、視界の端で銀色の長髪が揺れていた。その持ち主の手だろうか、私の髪をするりと撫でて、その手は肩へと触れた。

「あれ、なんでいんの…」

ぼんやりする頭で見上げれば、私の傍には先程玄関ホールで分かれたはずのスクアーロが立っていた。

「起きてたのかぁ?…つかその格好どうにかしろぉ、野郎が来たらどうすんだぁ!」
「え、スクアーロも野郎でしょ…」
「それは否定しねぇがなぁ」


殲滅任務のあと車の中で揺られていた時はまだ元気があったのだが(実際、スクアーロと雑談していたし)徐々に動きが鈍くなって行くのが分かった。「どうかしたのかぁ」と怪訝そうな顔をするスクアーロに笑って誤魔化したけれど、アジトについた頃には疲労のたまった身体を半ば引きずってしまっていた。


徐々に重くなる体、猛烈に襲い来る睡魔。ああやばいなとおもった。


スクアーロに悟られないように足早に自室へと帰り、なんとかシャワーは浴びたのだけれど下着だけ身につけてソファーに倒れ込んでしまっていたらしい。髪を乾かす余裕は流石になくて、頭が冷えきってしまっていた。

そこに私の異変に気付いていたスクアーロが様子を見に来たようだった。この部屋を熟知している彼は「ちょっと待ってろぉ」と言って部屋着を引っ張り出してきて押し付けてくる。あ、そうか私下着しかつけてない。少し目線を逸らしているのはそのせいだったのか。
しかし、体がうまく動かない。申し訳なくて「ごめん、動けない」と返せばスクアーロは深くため息をついて、それから私の身体を起こして子供に服を着せるように手伝い、ついでにガシガシと髪をタオルで乾かしはじめてくれた。


「ったく、動けねぇなら初めから言えって何度言ったら分かんだぁ」
「ごめん…でもここ、私の部屋だし…少々大丈夫かなって」
「だったら鍵くらいかけろぉ。んな下着姿で眠りこけてたら何されても文句言えねえぞぉ」
「それもそうか…」
「何年ヴァリアーに居んだぁ?ここがロクでもねぇ男だらけなのは分かってんだろぉ」
「そうだけどさあ…てか自分も入ってんのに言っちゃうのそれ…」


これはあの怪力と斧の副作用みたいなものだ。軽々と巨大な断頭斧を振り回しているが、決してスタミナが削れていないわけではない。それにあの斧はちょっと特殊で困ったちゃんなのだ。詳細については長いしめんどうなので割愛させていただく。
故に、アジトに帰ってくるとパタリと充電が切れたかのように倒れてしまうことがある。

以前も談話室で会話していた記憶があるのに目が覚めると自室で横になっていたことがあった。
ルッスーリアの話によると、私は任務帰りに談話室に寄って談笑していたのに突然倒れたらしい。
すると、何故か部屋で書類整理をしていたはずのスクアーロが話を聞きつけてすっ飛んできたんだとか。「あの時のスクアーロマジうけたね」とベルがゲラゲラ笑いながら話してくれた。

そう、いつからか彼は私を気にかけてくれるようになっていた。覚えている限りでは幹部になってからだと思うけど、やたら声を掛けてきたり様子を見に来てくれるようになった。
見た目とは裏腹に優しい人だからな、スクアーロは。多分、意外と世話を焼くのが好きなタイプだ。元にこうやって助けられるのは一度や二度ではなかったりする。


「スクアーロ、いつもありがと、」
「…お゙ぅ」
「ごめん、ね、」

スクアーロが何故こんな風に気にかけてくれるのかなんて考えたことがなかった。いつも私が気づいた時には彼の気遣いを受容していたし、目覚めれば居なかったのもある。
廊下ですれ違ったときに「昨日はありがとう」と返すくらいだった。スクアーロも「腹出して寝てんじゃねえぞぉ」なんて馬鹿にしてくるくらいで。


何だか、その理由を考えてはいけないような気がしていた。


再び睡魔に襲われる中、ふわふわとした夢心地の中で誰かが私を抱き上げるような感覚がした。これも夢なのだろうか。だとしたらとてもいい夢かもしれない。思わずその人物にきゅっと腕を巻き付けて猫のように擦り寄る。ゴクリ、とその人の喉が鳴ったような気がした。それを皮切りに、私は意識を手放したのだった。





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