Sceggiöld | ナノ

なんと陳腐な、愛憎劇よ。

※下品表現注意



派手なネオンに軽快な音楽が鳴り響くここは裏社会の人間だけが足を踏み入れることの出来る、所謂ナイトクラブ。敷地内ではあらゆる御八度が黙認されているため麻薬の売人やフリーの殺し屋たちが集まり闇取引のクライアントを探す巣窟となっていているのだが、ボンゴレや他のファミリーが黙認している…という時点で思惑が交錯しているのはお察し。こういった場所が無ければ困るのはお互い様のようで『埃』は溜まらなければ意味が無いようだった。


そんなナイトクラブの片隅で、カウンターに男女が隣合って座っていた。男は鷲色の髪をオールバックに撫で付けていて、モスグリーンのスーツを身にまとっている。一見、上品そうな出で立ちだが男は業界で有名な"女たらし"だった。どうやらイタリア人は愛を大安売りしている訳では無いらしい。伊達男の中で目立って噂が立つということは、そういうことなのだろう。

彼はとある企業の御曹司で、マフィアとの裏取り引きや斡旋などで裏社会でも幅を利かせている会社の息子だ。一般人ながらこんな場所に出入りしていることに驚いたが、金にモノを言わせて複数の優秀なボディガード(勿論殺し屋)を雇っているらしく、この有象無象の箱の中にもこちらに目を配る人物の視線を感じとることが出来ていた。

この男は裏取引とは別にこういった場所に集まるアウトローな女を落とすのが生き甲斐らしい。ただ、他人の性癖についてどうこういうつもりは無いのだが、それはそれは大層な趣味をしているそうでここでその捌け口を探しているのだろう。とても迷惑な話である。


そんな男の隣にいるのはブロンドボブを揺らすエメラルドの瞳の女性。ピッタリとしたセクシーな黒のタイトワンピースを身に纏っていて、男の話を聞き流しているようにも見えた。どうやら情報屋の女らしく、クライアントを待っている間に厄介な男に捕まったようだった。
黙々と酒を煽る者、踊る女、乗せられた男女が個室に消えていく。そんな空気に飲まれ、二人の声は掻き消えて。



男は目の前の女性を例の如く口説き落とそうと躍起になっているのだが、腰に回した手もするりと上手い具合に避けられていた。しかし男は懲りない。女の頬にキスをしようと近づくもこれまた綺麗に避けられてしまい椅子からずり落ちそうになる。なんとか体勢を立て直した鷲色の髪の男は、それならばと女の手を取った。

するとブロンドのボブがさらりと揺れ、女の顔は男へと向き直る。


「………それって、本当?あの男と取り引きしていたの?」
「ああそうさ、あまり大きい声では言えないけどね」


今まで邪険に扱われていた女がずいと身を乗り出し食いついてきたのを好機と取ったのか、男は饒舌に語り出す。そして手を取り、早々にクラブの個室へと引き込んでいった。

鉄の螺旋階段を降りると、そこにはだだっ広い空間があった。シャンデリアの明かりで暗い室内には光が散りばめられており、部屋の中央には灰色の毛皮が掛けられたご立派なソファーが置かれていた。この部屋には他に目立った家具もなく、だだっ広い空間に突然現れたそれはある意味異質ともいえた。それに、妙な視線を感じる。見たところ監視カメラも設置されていないこの箱。違和感の正体を探るべく神経を集中させていれば御曹司に甲斐甲斐しくリードされソファーに腰掛けることとなった。灰色の毛皮がふわりとしなり、それと同時に素早く巻きついてくる腕。


「あら、話の続きは?」
「あー……そうだったね。バルトロがヴァリアーの女に殺されたのは…情報屋の君なら知っているだろうね?」
「ええ、勿論。どこもかしこもみんなその話題でもちきりだもの、とっても興味があるわ」
「それについては僕も賛成だよ。どんな女性に殺されたんだろうね、彼は。僕も殺されるなら女性の暗殺者の方がいいな」
「……へえ」
「ああ拗ねてしまったのかい!勿論、君には叶わないよ!!」


この男、完全に酔いが回っている。イタリア人の男はハニートラップに弱い…なんて話はよく聞くしお国柄なんだろうけども、こうも簡単にいくとは…。
ペラペラと聞いてもいないことを喋りはじめた男を無表情な顔をした女がその腹の中の意図を隠し見つめている。


「ここだけの話だが、バルトロから『いい話がある』と別の商談話を持ちかけられてたんだ。たしか『研究』に協力して欲しいと言っていたかな…」


そういうと「もういいだろう」と言わんばかりに男が身を乗り出してきた。「続きはお楽しみのあとでね、僕のアンジェ」なんて寒気がする言葉を口にする。私は、天使なんて大層なものなんかじゃないんだけどな。そんな言葉を飲み込めば、革張りソファーに押し倒されてボブヘアーで隠れている通信機の向こうでドタドタと何やら騒がしい音がした気がした。


「あの、もういいから。ちょっと離れてくれない?」
「ええ?急に恥ずかしくなったのかい?僕はいつでもオーケー……………どうしてそんな物騒なものを持ってるんだい?」
「どうしてって、見てわからない?」


女は男の腹部に拳銃を突きつけた。ギンギンの下半身が押し付けられていて不愉快極まりなかったのだが、この男、未だに勃起したままである。この状況下で興奮してんのかコイツ。ゲロキモい…アブノーマルな性癖だとは聞いていたがとんだド変態じゃないか…。
そんな個人的な感情はさておき、このナイトクラブではもちろん武器の持ち込みは禁止されていている。入る前に厳重なボディチェックを受けるのだが、女にはそんなものあってないようなものだった。それもそのはず、彼女、イーヴァには己の影があった。いつもあの馬鹿デカイ断頭斧を隠し込んでいる影だ。そう、幻術の一種でもあるそれは断頭斧以外の物も取り込むことができるのだった。


男は未だに勃起したままで、「オーケーオーケー、君がそういう趣味なら構わないよ」と両手を上げ余裕綽々と笑みを見せた。すると、背後でピリリと殺気が舞った。

イーヴァは瞬時に男を突き飛ばし、ソファーの反対側に身を隠した。間髪入れずに銃撃を受け、分厚い革張りのソファーから次々と綿と毛皮が飛ぶ。成程、そういうことかと女は周りを見やった。謎の視線の正体は、この部屋の構造だろう。螺旋階段とは別の扉が現れており、そこからゾロゾロと御曹司のボディガードであろう男達が現れた。数にして二十。雇いすぎだろ。

「ほんっと趣味が悪い、MM号かよ」

このつぶやきの意味が分かる者が、はたしてこの場にいるのかは謎だ。
どうやら、こちらからは変哲もない壁に見えている黒壁が特殊加工でマジックミラーになっているようだった。きっと隣接して別室があり、そこにボディガードを待機させ、しかも己が女を犯す様を見せつけるつもりだったのだろう。何が楽しくてクライアントの性行為を見学しなければならないのか。本当に反吐が出る。


「さあ出ておいで、アンジェ。続きをしよう。大丈夫だ、まだ殺さないよ。君を嬲り尽くすまでは彼らに待ってもらおう」

御曹司の甘ったるい声が響いた。本当にいい趣味してる。最高。ゲロきもい。そう呟きながら女は立ち上がった。御曹司は嬉しそうに拍手する。その後では機関銃を手にしたゴロツキが二十。


「いいね、楽しめそう」


そう言って笑みを浮かべれば、御曹司は少し不穏な顔をした。虚勢を張っているとでも思ったのだろうか。
そんな男を見つめながら女は自分の髪に手をやって、掴みあげた。ブロンドの下からサラリと肩まで流れる黒髪が現れる。……男たちは息を呑んだ。

黒髪に暗闇でギラリと光る琥珀色の瞳。

悪魔の目。首を跳ねることを至福とする暗闇で光る琥珀色の瞳は、まさしく悪魔のそれで。ヴァリアー幹部唯一の女であるイーヴァ ロシュはこの業界で有名人だったようだ。二十もいたゴロツキたちがざわつきはじめる。どうやら女がイーヴァであることに誰も気づいていなかったらしい。それもそのはず、琥珀色の瞳も幻術で綺麗なエメラルドグリーンになっており、姿かたちも違ってみえていたのだから。

「君はまさか……?」
「そのまさかです」
「ぎゃあ!!」

ここまで来てまだ状況を判断できていないのは酒のせいか、裏社会で暗躍しているとはいえ所詮素人だからだろうか。彼の初動ミスは痛かった。機関銃が火を噴いたのと、イーヴァがソファーを蹴り跳躍したのはほんの数秒の差。一番前にいたゴロツキの顔面に着地、再び跳躍。拳銃を構えた、その時。
個室の扉がバン!!と大きな音を立てて開いたかと思えば螺旋階段の上から銀髪が降ってきた。

「ゔお゙ぉい!!!!黙って聞いてりゃベタベタベタベタイーヴァに触ってんじゃねえ!!!!!!!」


「ちょ、スクアーロ…?!」
「テメェらなんざ三枚に卸してやる価値もねぇ!!!!ミンチにしてやらぁ!!!!!」


突如乱入してきたスクアーロが心臓をひと突き。そして次々とその剣で男たちを貫いていく。ドスドスドスと突きを繰り出す度に嫌な音がして、部屋はあっという間に血飛沫で真っ赤に染まってしまった。御曹司も人間の原型をとどめていない。
すると、遅れてカンカンカンと鉄階段を降りてくる音がした。その隙間からは白いブーツが見える。



「うししっ、あーあ終わってんじゃん」

隊服のコートに両手を突っ込んでニンマリと笑うベル。彼の耳にも通信機が付けられている。勿論、スクアーロの耳にも。
スクアーロとベルはクラブの外の車内で待機の筈だったのだが。


「ベル!なんでスクアーロ怒ってんの、止めてよ…!」
「まーいんじゃね?つかこいつがミンチになんの確定だったろ」
「いやいやいや!せっかく吐かせようとしたのに!」
「んーや、あれ以上情報は出ねえって。だからカス鮫の堪忍袋の緒が切れたんだろ」
「え、何で!」
「……お前それ本気で言ってんの?」

ベルの瞳は見えないが心底飽きれたような顔をされた。すると背後でゴトリと音がして振り返ると、スクアーロが煮え切らない顔でこちらにやって来た。二十いたゴロツキはあっという間にバラバラ死体になっており、見るも無残な姿となっていた。

「す、スクアーロ……!」
「………終わったぜぇ」
「お、終わったのはいいけど…どうしたの乱入なんて!最初の作戦とちが、」
「ムシャクシャしてただけだぁ゛!!!!!!」
「ええええ」


とんでもなくピリついているスクアーロの登場で、あっという間に場は収束してしまった。……んまあ、スクアーロが苛ついている理由はわかってるんだけど。数日前の、本部に行った日からだから。


沢田家光から見せられた絵画は、『あの人物』は、間違いなく私だった。


それも気が遠くなるような遥か昔のものだ。よくもまあそんなものを掘り出して来たなと思ったのが筒抜けだったのか、九代目は「そうかそうか、安心したよ」と目尻を下げ、笑ったのだ。九代目と門外顧問のことだ。アレがいつどこで描かれたものかなんてとっくに調べがついているのだろう。そして何を描いていたのかも。それを知った上でカマをかけた。わたしはそれを掻い潜ったのだろう。結局、拍子抜けなことに指揮官は続行。引き続き調査を行ってほしいと告げられ解散となったのだ。

しかし、その場に取り残されていた男が納得するはずもなかった。けれど九代目はそれ以上何も語らなかった。いや、語らずにいてくれた、が正しいように思う。それを悟ったのかスクアーロもあの絵画のことを私に直接聞くことは無かった。

それから先日、バルトロが殺されたことを敢えて噂を流したところ、やはりざわつきはじめた者がいた。それが先程ミンチにされた御曹司だった。彼がバルトロと闇取引の仲介や闇取引きをしていたことを掴んだ私は、この男がもっぱらの女好きというのを利用して軽いハニートラップを仕掛けることにした。
いつもなら厳重に護衛をつけてやって来るらしいのだが、彼は目的の女を見つけると人払いをするらしい。そこで酔わせて情報を聞き出し、後で始末するつもりだったのだが。これにスクアーロは大反対。
唯でさえ大きい濁声を更に張り上げて「幹部のやることじゃねぇ!ンなのはペーペーにやらせとけぇ!」とかなんとか言って聞かなかった。それにはルッスーリアも賛成だったようで「すぐに殺すならいいけど何かあったらどうするの!イーヴァは女の子なのよ!」と追撃を食らった。オカマとロン毛がタッグを組んだらこんなにも厄介だとは知らなかった。

それでも食い下がろうとしたスクアーロに根負けして本来のペアだった潜入任務向きベルと、何だかいつもよりギラついているスクアーロとの三人での任務となったのだった。



「マジつまんねーんだけど。王子の出番ないし目立った収穫なしとか」
「ここまで粗が出ねえのも可笑しな話だぜぇ」
「うーん…」


結局、あの部屋と死体の処理は金で押し通してその場をあとにした。3人の黒ずくめは外につけてあったこれまた黒塗りの高級車に乗り込む。
まだ眉間にシワが寄ったままのスクアーロがハンドルを握っており、その隣の助手席にイーヴァ、後では足を投げ出してさっそくPSPで遊んでいるベル。

今回の収穫は、バルトロが『研究』を行うためのクライアントを募っていたという事実のみだ。それが、生きる屍に関連づいているのは確かだろう。けれど、その先が何も出てこない。事態は再び暗礁に乗り上げてしまった。おまけに別件でフリーの暗殺者を失踪させた容疑までかけられるなんて。


ぼーっと前を向いて物思いに耽っていれば、視界の端で何かがチラついたきがした。思わず反射的に車窓を見やれば、少し向こうの道路に人が立っている。目立つ白髪に老人かと思ったが、景色と一緒に流れていった姿から見るにどうやら青年のようだった。
こんな時間に、人気のない路地裏から出てきた見るからに危ないロールスロイスを眺めているなんて。イーヴァは思わず窓に手をやりもう一度目を凝らす。しかし、その場にはもう誰もいなかった。



『英霊の残骸よ、また会ったね』

白髪の青年がそう呟いていたなんて、イーヴァが知る由もなかったのである。



2018.03.01


[back]