雄弁は罪でもある
「あ、ベル帰ってたんだ」 「うししっ、さっき帰ってきたとこ」
《アバティーノファミリー》の一件は水面下で進められることとなり、目立った動きもなく情報捜査のみとなっている私には並行して別の任務が入れられることとなった。なので午後からはターラントの方まで出向かなければならない。それまで談話室で書類整理でもしながら暇を潰そうと向かったのだが、この時間にしては珍しい先客がいた。 金髪に王冠。だるそうにソファーにもたれ掛かるその後ろ姿はベルフェゴール以外に居ない。どうやら朝方、フランスから帰ってきたようだった。
「どうだった?フランス」 「あー、マジつまんなかった。興醒め」
ベルの真向かい側のソファーに腰掛けると、彼はいつもの黒と紫のボーダーの服をだらしなく着て両膝を投げ出していた。
ベルの言葉の意味は任務のことではなく、むしろ仕事より楽しみにしている"ご当地殺し屋巡り"にあった。いつも出先の国で観光ついでに地元の殺し屋をあたるのがベルの趣味である。 相手からしたら堪ったものではないが、よく考えてみればここはそういう人ばかりだった。
「手応えなかったの?」 「んや居なかった」 「え、どうして」 「そんなん王子が知りたいっつーの」
ベルは詰まらなさそうに隊服のポケットからナイフを取り出してクルクルと回し始めた。私はそれに目をやりつつ(彼の気まぐれで飛んでくるから)部下の提出した報告書に目を通しはじめる。
するとベルは「ただ、」と続けた。
「向こうの情報屋がいうには、ここ最近名のあるフリーの殺し屋が失踪してるらしいぜ」 「失踪?」 「王子みたく殺し屋巡りしてる奴がいるってコト。あ゙ー、マジ腹立つんだけど」
ベルは自分の目星をつけていた殺し屋を他のヒットマンに取られたのが不服のようだった。 そんな世間話をしているとカートを引いて使用人がやってきた。彼女はベルに紅茶とチャバッタのサンドイッチの乗ったトレーを差し出して、頭を下げる。どうやら食堂に行くのが面倒だったらしく此処で朝食を頼んでいたようだった。 ベルに配膳し終わった使用人は朗らかに微笑みながら「イーヴァ様も如何ですか?」と聞いてきた。生憎お腹は空いていなかったので「レモネードをお願いします」と返す。「畏まりました」と一度礼をした使用人はカートに戻り、熱々のお湯の入っているティーポットに手を掛ける。
すると、レモネードの単語を聞いてはたと思い出したかのようにベルが呟いた。
「そういや面白そーな任務ボスから貰ったらしいじゃん」 「アバティーノのこと?」 「それそれ。死体が動いて喋ってたってマジ?ゾンビみたいなもん?」
生ハムとルッコラが挟まれたチャバッタのサンドイッチを器用に口に運びながら、ベルは興味津々でそう言った。同時に私へと使用人からレモネードの入ったティーカップが差し出される。有難く受け取ってふわりと酸味のある香りが鼻を擽るそれを一口含んだ。
「んーどっちかといえばフランケンの方が近いんじゃないかな」 「うししっ、同じようなモンじゃね。たしかジャッポーネのゲームでそんなヤツあったよな」 「ゾンビもののゲームね、あったあった」 「やっぱ頭潰さねえと死なねえの?」 「どうなんだろうね。マーモンはサンプルが一つしかないから断定はできないって」 「へー。つかイーヴァだけ狡くね?王子のとこにもゾンビ連れてこいよ」 「無茶言わないでよ…」
目の前のベルは少々興奮気味だ。さすがゲーム脳。暇な日はゲームをやり込んで動かないベルらしい。恐らく夢のゾンビとの対決で頭はいっぱいなのではないだろうか。その証拠にベルの口角はいつもより上がっている気がする。
「連れてきたくても向こうになんの動きもないから困ってるんだよ」 「ふーん」
ベルとはマーモンの次に付き合いが長い。歳が近いのもあってか、はたまた補佐官の時から目を付けられていたのか、マーモンに会いに来るついでによくナイフを投げつけられていたのを覚えている。それを上手く避けてしまったが故に、未だベルフェゴールナイフの被害者の会として居座っている。
そんなこんなでいつの間にやらお互いにゲーマーなのが判明し、ジャッポーネの新作が手に入ると鑑賞役に徹するマーモンと共にベルの部屋でゲームをやり込むのが恒例の行事になりつつあった。 けれど自分が負けると「今のナシな」とか言ってナイフ投げてくるのがネックだ。あと超絶部屋が汚い。それ以外はそこそこ仲良くしてくれているのではないだろうか。
「あ?今王子に対して失礼なこと考えてたろ」 「…いえ、まったく」 「何その間。胡散臭くね」
とってつけた笑顔を見せたがベルにはバレてしまった。間髪入れずに彼のナイフが飛んでくる。咄嗟に避けてみたもののムッとした顔をして「避けんなよ」なんて言われてしまった。んなモン無理だ。脳天直撃コース避けないとか無理だ。
「てか本部に呼び出しくらってるんだよね。行かなきゃダメかなあ」 「あ?何で呼ばれてんの」 「多分アバティーノの件でだとは思うんだけど…ボスも詳しく教えてくれないし。本部の雰囲気苦手なんだけどな」 「うへえ、ご愁傷さま」 「ベル代わりに行ってきてよ」 「は?無理」 「ウワッ!危ない!もうナイフ投げないで!」 「イーヴァのくせに王子に命令すんなし」 「なんだとー」 「つか、そーいうのはスクアーロに頼めば?」 「へ?スクアーロ?なんで?」
そういうとベルはきょとんとした。 相変わらず前髪で目は隠れているが、見えていればあの碧眼を丸くさせていたに違いない。その代わりに口元を見ていれば彼の機嫌は一発でわかる。 そんなベルはサンドイッチを食べ終えた指をぺろりと舐めてニンマリと笑った。
「そういえばさ、お前らやっぱデキてんの?」 「は?何が?」 「スクアーロと付き合ってんのかってこと」
ニヤニヤを隠しもせずにベルは言う。
「……ええっ!?」 「いやリアクション遅くね?」 「いやどうしてそうなった!?」 「だってイーヴァの部屋行き来してんじゃん、スクアーロ」
またしてもニンマリ。 ああ、そうだった。スクアーロがあの日私の部屋に出入りしているのを彼に見られていたんだった。そしてあろうことかマーモンやその他に言いふらしたのだ。 今度会ったら殴ると息巻いていた私、なぜ忘れていた。いや殴れないけど。サボテンになっちゃうし。
「違う違う違う!やってない!ノット貫通!」 「ふーん。なんだつまんねーの」 「つ、つまんないって何。大体あれは看病してくれてただけで…」 「へー。カンビョーね。ま、イーヴァがそう思うならそれでいいんじゃね?」 「何だそりゃ」 「うししっ、ニブチンのイーヴァには一生分かんねーよ」
そう言って朝食のプレートに畳んであったナプキンで口元を拭うベルは、未だにニヤケ顔だ。それに反論するかのように私はテーブルをぺちぺちと叩く。
「ニブチンって……ていうかスクアーロに迷惑かかるから噂流すのやめなよ。そりゃ気にするタイプじゃないだろうけどさ」 「へえ分かってんじゃん。ならいいんじゃね、そのままで」 「いや良くはないでしょ…」 「つかスクアーロは噂流されるの万々歳だと思うケド?」 「えっそんなに色んな人と噂になりたがってんの…?」 「……イーヴァってほんと馬鹿だよな」 「え?!」
ベルが飽きれた顔をしてティーカップを口に運ぶ。いや、馬鹿って。馬鹿ってなんだ。口元が引き攣るのを感じる。ベルに貶されるのは今に始まったことではないのだけれど、今回ばかりは妙に引っかかる。
大体、スクアーロは幹部に昇進した時から、新人教育なんざ向いていないベルの代わりに私の事を色々と見てくれた同僚であり先輩だ。それがなぜ、何かと引き合いに出されてはこのようなことを言われるハメになっているんだろうか。 確かにここの所はハプニング?もあって一緒に寝たけど(言葉に語弊がある)。
あれ、でも普通の同僚って一緒に寝ないんだっけ……?
元々面倒見のいいスクアーロだけど、興味が無い人間に対してはバッサリ行く人だというのを思い出した。無能はとことん切り捨てる冷酷な面もある。けれどそれはこの世界で生き抜くための術だ。
だけど私の前でのスクアーロは何かと声を掛けてくれたり、忘れた頃にバッタリ倒れる私の看病を引き受けてくれたり(部屋の中を把握されるくらい頻繁に)優しくて。口も悪いし声もでかくてうるさいけど。
…あれ?
改めて考え直してみる。ここ最近、それは確実に私の中に居座りはじめたように感じていた。いや、そんなはずはない。そんな馬鹿なことがあるはずがない。頭の隅で主張しはじめたそれを再び叩き潰す。そして、フルフルと頭を振るう。
「さっきから急に黙りこくったと思えば何してんだよ」 「ん、振い落してる」 「は?何を?」 「……ナイショ」
そんな私は相当な馬鹿なのかもしれない。
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