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あれから数度、二人は身体を交わらせた。
睦言を紡ぐわけでもなく、ただ薔嬌の求めるままに欲を解放するだけの交わり。

気が付いた時には、もう夜も随分と更けていた。

明日も出仕する彼に、少しだけ申し訳なさが募った。
同時に、己の浅ましい言動に羞恥が込み上げてきた。

今までこんな事なかったのに。
胸を(くすぶ)る想いを忘れようと快楽を求めた事などなかった。

それなのに己は――。

情けなくて、また涙が込み上げてきた。


『…っ…ふ、ッうぅ…』


ポタポタと落ちてくる涙は、止まることを知らない。
拭っても拭っても涙は溢れてくる。

どうして己はこうなってしまったのだろうかと、何度も自問自答を繰り返した。


だから気が付かなかった。
彼女のすぐ後ろに、誰かがいたなんて――。



「お、姫、様」


後から抱きしめられた薔嬌は、ビクリと身体を振るわせた。
バッと後を振り返れば、ふわふわの髪が眼前に広がる。

甘い桃の香りと、ほのかに香る酒気。

以前あったときと何ら変わりのない彼――凌アン樹。


『――アン、樹…殿…?』

「相変わらずだね、君は
おや、どうしたんだい?涙なんか流したりして」


腰に回していた腕をゆるめ、目じりに溜まった涙を払う。
指にのった雫をペロリと舐め取る仕草に、パチパチと瞬きをする。

驚いたけれど、直ぐに笑みが込み上げてきた。
涙なんか吹っ飛んでしまった、と。

相変わらずなのはあなたの方だ、と薔嬌は思った。

以前も、変わらずこういった軽い態度で接していた。
それが薔嬌にとっても非常に楽で、付き合いやすかった。

今回もそうだと思った。
けれど、彼の表情が違うと告げている。

いつもよりもずっと、精悍な顔立ちで己を見つめてくる彼に、薔嬌は身構えた。


「ねえお姫様、どうして皇毅なの?」


遊び相手なら僕でもいいじゃない、と存外に聞いているのだろうか。
アン樹の問いは実に素直なものであり、薔嬌はこの潔さが好きだった。

だから、彼の問いにはいつも正直に答えてきた。
今も、昔も――。


『あなたと同じですわ』

「僕と?」

『ええ』


ニッコリと艶やかに薔嬌は笑った。
それにつられる様に、アン樹も同じ様に哂う。


『彼は真面目で融通の利かないから、からかってると本当に楽しいの』


――あなたもそうでしょう?


「そうだね、君の言うとおりだ
でも――それは清雅も一緒だろう?」


ビクリと薔嬌が大きく反応した。
固まったまま動かない彼女に、アン樹はん?と問い質す。


「清雅も皇毅と同じで真面目で融通が利かない
その上、皇毅よりも若いんだから“君の相手”としては清雅の方がピッタリだ

どうして清雅にしないの?
もう美味しく戴いたんなら、君の思うがまま」


ゆっくりと薔嬌の後に回り込み、肩に掛かる黒髪をサラリと指で払った。
耳元に唇を寄せ、囁くに様に続きの言葉を紡ぐ。

かかる息が、獲物を狙う獣の様にも思えてゾクリと背筋が粟立った。


「それとも……罪悪感でも沸いちゃった?」

『何を莫迦なことを――』


間髪入れずに薔嬌が返してきた。
その事すらアン樹にとっては想定内のことで、嬉しそうに声に喜色を含ませる。


「だったら、いつもみたいにすればいいじゃないか
特技だろう?色仕掛け」


クツクツと哂うアン樹の声は、子供の様に無邪気なものである。
同時に、悪鬼の甘い堕落への誘いの様にも思えた。







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