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何より、旺季の清々しさは薔嬌にしてみれば余りにも清らか過ぎるのだ。

眩しすぎて直視できない。
ここまでくると気持ちが悪いくらいだった。


だから、皇毅が己に向ける感情を心地よいと感じている。
安心しているのだ。

彼が己を侮蔑の念で見つめるうちは、自分は変わっていない、と――。


「またか…」


溜め息混じり呟いた。
“狩り”という言葉に、彼は面白いほど敏感に反応する。

過去に己が犯した愚かな所業を思い起させるからか。
はたまた、嘗て彼女の掌上で転がされた事を思い出したのか。

それとも別に、全く持って学習能力のない女だ、とでも思っているのだろうか。


答えは分からない。
けれど、何となく二つ目の事だろうと薔嬌は思った。





数年前、まだ彼が御史だった頃。

己が起こした事件の真相を暴こうとした彼は、最後の手段に出た。
自らの“色”を持って、彼女を陥落させると決めたのである。


己の言う事を聞かせるには、自分に惚れさせるかそれに近い状況に追い込むのが一番。


彼女を惚れさせる為にあれこれと手を打ったが、彼女は既に別の男に“心”を捧げていた。
ある筈のない心が手に入る事もない。


案の定、彼女は彼に見向きもしなかった。
これには彼の矜持に火もつく。

彼女を落とそうと必死に、躍起に、それこそ形振り構わずに。

けれど、彼女の心は揺れなかった。
身体の関係だけが続き、小娘と高をくくっていた彼は、彼女の手腕に取り込まれた。


――そう、堕ちたのは彼の方。


少女とは思えぬ巧みな性技。
しどけない表情、男の欲望を燻る仕草。

どれをとっても花街の上臈妓女に優っていた。
当時十代半ばに過ぎない少女だった薔嬌は、熟練した妓女たちよりもずっと巧みに彼を高ぶらせ、翻弄した。

それは、今まで女たちを掌上で転がしてきた彼を溺れさせるほどに。


“愛していた人がいたのでしょう?
欲しくて欲しくて堪らない、そんな人が…

奪うことも、攫う事も出来ない己が許せなかったのでしょう?
助けを請うた彼女の哀しみの顔が、こびり付いて離れない

そうでしょう?
分かるわ、その気持ち…
悔しくて、寂しくて、情けなくて、哀しくて、仕方がないのでしょう?”



クスクスと笑いながら告げる彼女を、彼は――葵皇毅は今でも覚えている。

彼の一番深く、暗く、脆い部分を、彼女は迷う事なく突付いてきた。
流石の皇毅も揺れた。

甘い囁きに、彼の方が陥落した。


溺れて溺れて、まるで獣の様に彼女の身体を(まさぐ)って。

時も忘れて彼女に溺れた。
まだ十といくつかの少女に、二十半ばの男が。

傍から見れば滑稽だったかもしれない。

愛していたわけではない。
そんな感情など、彼は当の昔に棄てていた。

けれど、彼女の言葉一つ一つが、彼の弱い部分を突いてきて、その度に彼の硬質な仮面にヒビが刻まれて。
そして、それを繰り返していけば、ヒビだらけの仮面の一部がポロリと砕け落ちて。


本彼自身も気がつかないうちに、本当にあっさりと彼女の手の内に堕ちていったのだ。






とっくりと彼を見つめた薔嬌は、全く不器用な男だ、と小さく胸中で囁いた。
昔と変わらない彼に、ついつい笑みが零れてくる。

気が変わった、と彼女の中の何かがそう告げた。
本当は後腐れのない関係を求めていたが、丁度面白い獲物が目の前にいるではないか、と思いなおしたのだ。


『あなたには関係ありませんわ
わたくしは誰の指図も受けませぬ』


止めても無駄だと存外に告げた後、薔嬌は踵を返した――が、それは叶わなかった。

ニヤリ、と見えない影で彼女は笑う。
口元の笑みを直ぐに隠し、ゆっくりと振り返る。

冷たい氷の様な眼差しと、菫色の彼女の瞳が交じり合う。
冷厳の瞳に宿る小さな蒼い炎を、薔嬌は見つけた。


『……あなたがお相手してくれるのかしら――昔みたいに』


紅い唇が弧を描く様に口元が綻ぶ。
皇毅の眉間に、一層深い皺が寄せられた。

嫌悪ゆえか、それとも何を言い出すのか、という意味なのかは知らない。
けれど、彼女には獲物のもがき苦しむ様にしか見えなかった。


『それとも、またわたくしの身体に溺れるのが恐い…?』


挑発だった。
誰が聞いてもそう分かる。

皇毅も分かっていた。
けれど、ここで断れば彼の矜持が廃る様な気がした。

嘗て彼女に叩きおられた男としての矜持、御史としての矜持が――。

断ればいいのだ。
何を莫迦なことを、と鼻で笑えば。

それだけで彼女の鼻っ柱を折れるというのに、無謀な挑戦へ皇毅は足を踏み出した。


「いいだろう…」


極上の笑みを貼り付けて。




To be continue...


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