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『…あ、さ…?』


降り注ぐ朝日で、薔嬌は目を覚ました。

最近富みに日の出の時刻が早くなったと思う。
以前は陽光で目を覚ました時には既に清雅の姿はないが、最近は共に朝を迎える事が多くなった。

日の出の時には既に彼は起きていたのに、今は起きていない。
己の胸に顔を埋め、少年らしいあどけない表情で眠っている。


(いつもこうだったら可愛いのに…)


(かん)の強い彼はいつも眉間に皺を寄せている。
若い彼が仕事で相手に舐められないようにと必死なのは知っている為、薔嬌は何も言わない。


けれど時折、こんな風に彼が少年のままでいられる時間がもっとあれば、と思ってしまう。
そう、願ってしまう――。


フ、と笑みが零れてきた。
今までの自分だったら、絶対にこんな事を思ったりしない。

彼といると、何故だか知らない自分を知ってしまう。
中には、知りたくない事もあった。


(わたくしも、随分と腑抜けてしまったわ…)


自嘲の笑みが零れてくる。
今の自分は情けない顔をしているだろう。

それでもそんな自分を悪くないと思っている自分がいて、同時にそれを許せないでいる自分もいた。
その葛藤に、胸が大きく啼いた様な気がした。


“――薔嬌……”


ゾワリ、背筋が凍りついた。
昨夜の彼の言葉を思い出してしまった。

名前を呼ばれる、ただそれだけのことなのに、どうして身体が竦んでしまう。
動悸がして、胸が苦しくて、息が苦しくて、身体熱くなる。

それと同時に、言い知れない恐怖が襲ってきた。
それは何に対して――?

自問自答を繰り返せども、答えは出てこない。


「…んん、っん……」


見つめる彼のむずがる声に、ハッと薔嬌は我に返った。
すぐさまそ知らぬふりをして、寝台の下に落ちてある夜着を羽織る。

目元をこすりながら身体を起こす彼は、彼女の姿を目に留めながらボーっとしていた。
いつもなら直ぐに覚醒する彼だが今日は違った。

この所仕事が続いてろくに休めてないのだろう。

何か言葉を掛けて遣ればよいのだろうが、先程昨夜の彼を思い出したせいか、真っ直ぐ顔を見つめられない。
何とか誤魔化そうと身支度をする薔嬌を、清雅は夜着の袖を掴んで呼び止めた。


『……何か?』


肩越しに視線だけを向けて、薔嬌は素っ気無く言う。
まともに顔を見ることが出来ない彼女の苦肉の策だが、どうも彼の様子もおかしかった。

彼も視線を少しだけ外しながら、別にと同じ様に素っ気無く言えば、名残惜しげに裾から手を離す。
互いに互いを可笑しいと思いつつも、それを告げる事はない。


寝台から立ち上がれば、薔嬌の髪が靡く。
ほのかな薬効の香りと花の香りが清雅の鼻を(くす)ぶり、名残惜しさが一層募り、思わず手を伸ばしていた。


『――え?』


驚いた様に薔嬌が振り返る。
目の前の声に、息も出来ないほど驚き、凍りついたまま彼を見つめる。


――ちゅっ……


長い彼女の黒髪を一房手に取り、そっと口付けを落とす。
閉じられた灰色の瞳がゆっくりと現れ、愛おしむように視線を向けた。

名残惜しそうに、愛おしそうに、艶やかな黒髪にそっと頬を寄せて――。


『…は、離して!!』


振り切る様に彼から身を離した。
いつもと異なる彼の行動に、思わず声を荒げながら。

驚愕の中に恐怖が混じった様な表情で己を見つめる彼女に、清雅は面食らった表情で見つめ返す。
それから数拍の後、己の行動を思い出したのか、彼はボンと音が鳴りそうな程に紅くなった。


『…失礼します…ッ』


紅くなった清雅を見た瞬間、何かが彼女をそうさせた。

一目散に室を飛び出た彼女は、己の乱れた服装のことなど頭に入っていなかった。
ただ無性に恐くなって、彼の傍から離れたくなった。

ドクンドクン、と大きな音を立てて心の蔵が脈打つ。
高揚とも、興奮とも違う己の状況には、覚えがあった。


もうずっと忘れていた、少女だった頃の――。







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