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パタンと扉の閉まる音が静かな室内に響き渡った。
清雅が退室し、一人きりとなった旺季は大きく息を吐いて、大きく脈打つ心の臓を沈めようとする。
何度思い出しても、彼女の話は後味の悪いものだった。
胸が苦しくなり、彼女にそんな所業を働いた男たちを今すぐ処刑台に連行してやりたいと思う程に。
それほどまで彼女の人生は悲劇的だった。
父親に暴力と性的虐待を受け、八つの頃から身売りをさせられて。
日に何度も男たちを相手にする様になった彼女は、まさに娼婦だった。
繰り返される毎日の辱めは、彼女を快楽の鎖に繋いだ。
“わたくしは、幸せになんかなれないのよッ”
涙ながらに告げた彼女を、旺季は今もはっきりと覚えている。
男たちに身体を暴かれることを何よりも嫌っているのに、幼い頃の仕打ちで身体の欲を開放しなければ精紳の均衡を保てないと告げた彼女。
どれほどの屈辱だっただろうか。
愛する男が出来たのに、そんな浅ましい身体となっていた彼女は、彼の愛を受け止める事が出来なかった。
心の繋がりがどれ程心苦しめるものだったか。
傍にいられれば幸せだったのに、彼女は己の身体の所為で愛する男の元を離れなければならなかった。
“触れて欲しいと願う自分と、そんな自分にに触れて欲しくないと願う自分がいて…どうすればいいのか分からなかったの”
だから逃げ出した、と彼女は言った。
彼を苦しめる事しか出来ない自分なんて、傍にいる資格はない。
そう思いつめて、彼女は愛する男――華眞の元から去った。
悲しみと絶望を胸に抱きながら。
逃げる途中、やはり身体は欲を開放したくて疼いた。
だからその辺の男たちを煽って、熱を解放して、その度に言い知れない後悔を抱いて、それを繰り返しながら生きてきた。
あの中年の男は、一番初めの頃から己を買い、最も多く買って、最も無体な行為をしいた男だった。
彼女を、快楽の鎖に繋いだと大本の一人だった。
“復讐しようと思ったのかもしれない”
薔嬌はそう囁いた。
己の身体をこんな風に変えた男を、地獄の底に突き落としてやろうと思ったのかもしれない。
もしくは、精が尽き果てるまで搾り取ってやるつもりだったのかもしれない。
内容こそは聞けなったが、彼女はあの男を苦しみの底に突き落とすつもりで近づいたのは事実だった。
吐き気がするほど嫌悪する情交を、彼女は復讐の道具に使ったのだ。
”皇毅殿はわたくしを黒いバラと呼んでいたわ
誰も助けに来てくれない、誰も愛し方を教えてくれない、一人ぼっちの黒の薔薇姫
紅い薔薇と違って、血の通わぬ愛玩人形の薔薇姫……その通りだわ
わたくしは終わりのない快楽を得る為に、強欲な主に身を委ねるのよ
これからもずっと…”
彼女の言葉が耳に残って消えない。
それは、これからも彼女がそうして生きていく事を示していた。
心ではなく、身体の為に――。
“男なんて信用しない。
信用してはダメ。
信用してしまったら、愛してしまったら、わたくしはわたくしでなくなってしまう”
彼女の言葉が、胸を揺さぶって仕方がなかった。
ダンッと壁を叩きつける音と共に、ジンジンと拳が痛む。
旺季の話を聞いた清雅は、言い知れない感情に襲われた。
怒りとも、悲しみとも、憎しみとも付かない不可解な感情。
予想はしていた。
きっと娼婦まがいの事をしてきたのだと。
けれど、今しがた知った彼女の過去は想像以上に辛く、哀しく、惨いものだった。
快楽がないと、心が正常に機能しない。
清雅ですら、嫌いな女に触れられただけで吐き気がするのに、女の彼女であれば、それがどれ程のものなのか…。
それでも、彼女は男たちに身を委ねる。
言い知れない感情が、渦を巻くように清雅の身体の中を暴れていく。
同時に、彼女に欲の静めとして使われていたのでは、と思った。
あの忘れられない夜の彼女は、まさにそれだったのか。
そう思った瞬間、まるで渦巻く感情が外に飛び出しそうな感覚に襲われた。
この感覚を、清雅には覚えがあった。
嘗てある女人を慕った時に感じた感情と同じ。
――嫉妬、という名の鎖。
女を嫌いになった時から、そんな感情とは縁を切ったはずだった。
けれど、彼は再びその鎖に囚われる。
鎖に繋がれた黒の薔薇姫を解き放つ為に。
To be continue...
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