(2/4)



『父が死んだ、という知らせですわ』

「――は?」


ケロリとした表情で告げられた内容は、思いの外思い事実だった。
けれど、彼女は口にした後も大して気に留めていない様に平然としている。


――父親が死んだ、だと…?


口の中で再度呟いた後、何故それ程まで平然としていられると問いただした。
清雅とて父の事を特に慕っていたわけでもないが、流石に死んだ時はそれなりに気が沈んだ。


『世の中の誰もが、家族と良好な関係を作れたとは限りますまい

ましてや、わたくしの様な女が家族と幸せに暮らしていたと思えるのですか?』


グッと清雅は唇が噛み締める。
言われてみても当然だった。

彼女の様に、流れ流れに生きてきた人間が、家族と幸せに暮らしていた筈がない。
もしそうだったとしたら、今頃清雅と出逢う事もなかった。


『父の顔など見たくもありませぬ
見た所で何になる事か…』


ツイと視線を外し、眉根を寄せて苦渋の表情を浮かべる。
何を表しているかなどすぐに分かった。

彼女は、父を憎んでいたのだ、と――。

けれど、文が届いた日の彼女を思い出して、ズキンと胸が痛んだ。
平然としているが、やはり憎き父であっても、その死は彼女に大きな影響をもたらしていた。

不躾に相手の懐を弄った為か、後味の悪い問いだったと心中で後悔した。


けれど、直ぐに別の疑問が浮ぶ。

何故彼が彼女の父親の死を知っているのか。
何より、彼女がどうして“彼”と繋がりを持っているのかを、清雅は問いたださなくてはならない。

再び強まった視線に、今度は薔嬌の方から問うてきた。
何が聞きたいのか、と。


「あの方と、どうやって知り合えた」

『あの方……ああ、旺季殿のことですか』


旺季殿、と軽々しく呼ぶ彼女を怪訝そうな眼差しで見つめる。
その視線に気が付いた薔嬌は、嫌そうな顔をしながらも彼の問いに答え続けた。


『以前の件の折、わたくしは今回と同じ様に御史台に連行されました
その時に、色々と良くして下さり、わたくしの境遇を同情され、それからですわ』


同情され、と言った事で彼女がその事を快く思っていない事が分かった。
恐らくは父との事で色々と言われたのだろう。

あの方は、そういう方だから。
何より、ご自身も飛燕姫の婚姻前に姫と色々あったらしく、それで余計他人事に思えなかったのだろう。


『父と和解しろ、何度も言われましたけれど、あの父が正気に戻っているとは思えませんでしたし……
第一、父の顔など見たくありませんでしたもの

父が死んだという知らせの時も、せめて葬儀くらいしてやったらどうだと仰っていたけれど、とてもではないけれどする気にはなれませんでしたわ』


憎しみの中に、怒りと悲しみが混合した様な、複雑な表情を浮かべて告げる彼女に、清雅はもう何も問いただす事は出来なかった。

菫色の瞳がユラリと揺れる様はとても扇情的だが、それ以上に彼女の感情が強くて、欲情すらしなかった。
ただ、言いようのない罪悪感が彼の胸を大きく占めた。










翌日、旺季からの返事が来た事で職務の間に門下侍中室を訪ねた。
積まれた書簡から王の政への無関心さが伺えて、歳の代わらぬ王への不信感がまた増した。

近々、霄太師の要請により貴妃が入内すると聞いたが、果たして王が変わるかどうか、と大して気にも留めていなかった。

けれど、この状況を見れば、王には代わってもらわねば困ると思った。
何が何でも政をしてもらわなければ、先に旺季の方が倒れてしまいそうな状況だった。


「お忙しい所、お時間を頂きありがとうございます」


笑みを貼り付ける事もせず、ただ無表情に告げる清雅は跪拝する。
旺季はソレに答える様に瞳を閉じ、とうとう来たか、と心中で囁いた。


「薔嬌の事で、聞きたい事があるのだろう?」


内容の書かれていない、面会だけを望む文だったかが、直ぐに彼の要望は理解できた。
彼女の尻尾を掴もうと必死だと皇毅が言っていたから。

皇毅もまた、彼女に対して不信感を拭えぬままあの事件は幕を閉じてしまったから。
いや、旺季が無理やり閉じたのだ。

これ以上の彼女の過去を暴かせない様に、彼自らの手で…。
あれは余りにも惨く、哀しい過去。







top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -