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そこで薔嬌は目を覚ました。

夢を見ていたと悟った後、どうしようもない感情が押し寄せてきた。
この夢を見た後は、必ず彼の名を口にしてしまう。

愛していたのに、愛してくれたのに、望む愛し方をしてくれなかった彼に幼かった薔嬌は絶望した。

ポタリと涙が零れ落ちてきた。
押し寄せる感情に、寂しいと感じた。

ずっと忘れていて、思い出すこともなかったけれど、あの夜、頬を撫でられながら名を呼ばれた時に彼を思い出してしまった。

もう合わせる顔すらないというのに――。


(……華眞、様…)


心中で囁かれた名前に、不意に罪悪感が込み上げ、胸が締め付けられた。
いく筋もの涙が、彼女の頬を伝う。

勝手に飛び出して、沢山心配させた事は容易に想像できた。
優しい彼を、地獄から救い出してくれた彼を哀しませた自分は、本当に最低な女だった。

愛してくれなくとも、彼は慈しんでくれた。
父がくれなかった愛を、彼は存分に注いでくれた。

それなのに、どうしてか我慢が出来なかった。
きっとそれは、己の容姿から知らず知らずのうちに培われた、下らない矜持。


わたしは美しい。


傲慢な自分はきっとそう思っていたのだ。

そう思い込まなければ、恥かしくて生きていけなかった。
彼を愛しているのに、憎んでしまった己が情けなかった。

こんな自分が幸せになっていい筈がない。
彼を思い出すたびに、薔嬌はそう思えて仕方がなかった。


ポタポタと寝台の式布に染み渡る涙が、大きな円を描いていく。
きっと明日は誰にも会えないだろうと思いつつも、涙は止まらなかった。



月も高い夜半。

誰もいない夜の帳。

こういう夜になると、自分が一人なのだと、いや自分が存在しているのかさえも信じられなくなる。

彼の元を飛び出したのも、こんな風に静かな夜だった。


朝餉を用意して、薬草を作って、いつもの様に彼の隣で眠った振りをして――。

彼が眠った隙を見て、逃げ出す様に飛び出した。
山を越えて、ボロボロになりながら彼から逃げ出した。


月光が降り注ぐ中を懸命に走った。

静かで、獣たちの寝息すらも聞こえない静けさに、あの時も己が存在していないのではと不安に思った。


そしてあの時も、涙だけが己が存在していると証明してくれた。




To be continue...


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