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”なんで?どうして?
どうしてこんな事するの?”



父の後姿を見つめながら、子供の薔嬌は泣き叫んだ。
あの頃は薔嬌という名前ですらなかったが、ソレすらも忘れてしまうほど辛く、哀しい、昔の話。

小さな呉服屋を営む両親の下に生まれた彼女は、物心付いた頃に母を亡くした。

哀しかったけれど、父と二人で頑張って生きていける、と思っていた子供の薔嬌は、毎日下手なりにも炊事や掃除、洗濯を頑張った。
けれど、母を失った父の悲しみや裏切りからへの怒りは、収まる事はなかった。


薔嬌の母は美しかった。
そんな母を妻にした父は果報者だと周囲の男たちに羨ましがられ、幸せを噛み締めていた。


けれど、母は違っていた。
己の美しさを誇っていた彼女は、しがない呉服屋の女房で終わるなど、と思い不貞を犯していた。

病気というのは、姦通していた男から貰った“性病”だった。

母はそれを悟られまいと必死だったが、死ぬ間際になってとうとう露見してしまった。
これを知った父は激怒した。

怒りは母の死後も収まる事を知らず、日に日に母そっくりに成長していく娘を、父は疑心暗鬼に見ていた。
娘も己を裏切るのでは、と罵り続けた。

いつしか、心が可笑しくなった父は、薔嬌と母を混同するようになった。
お前は売女だ!あばずれだ、と言う事から始まり、とうとう娘に――薔嬌に身売りさせる事を始めた。


この時、薔嬌は八つだった。
当然、月のものも始まるはずはなく、本当にただの子供だった。

けれど、子供に相手をさせようとする趣味を持つ好色は世の中には五万といた。
ずば抜けて美しい少女へと成長しつつあった薔嬌は、そういう男達の恰好の的となる。

はじめは十日に一度だった身売りも、いつしか七日、五日、三日と間がなくなり、いつしか毎日のように金品をもって彼女の家を訪れる男で溢れ返っていった。

気が付けば、噂が噂を呼び、いつしかある男の耳にそれが届く。


ある日、彼は大金を持って父の元へと訪れた。
娘を譲ってくれないか、という言葉と共に――。

父は難色を示した。
当然だった。

大事な金づるの娘を渡して溜まるものか、と抵抗した。

それに、娘は同時に妻でもあった。
男たちへの身売りが終ったとたん、それを忘れさせる様に抱いた。

実の娘を――。



彼は、好色な妻が己の目の前で男たちと姦通し、それが終った後に己という存在を妻に示すかの様に荒々しく抱くのが好きだった。
そうすれば、妻の心は己のものだと思えるから。

激しく抱くたびに、悲鳴が挙がるたびに、妻が己のものだと実感していくのが理解できた。
その悲鳴が、実の娘の泣き叫ぶ声だとしても、最早彼にはそれが娘だと判明できなかった。

狂った彼でも、目の前でどんどん積もられていく金に目を輝かせていき、最後には頷いて娘を手放した。


金を前にゲラゲラと下品に笑う姿が、薔嬌の見た父の最期だった。


哀しいとは思わなかった。
やっとこの地獄から抜け出せると思った薔嬌は嬉しかった。

けれど、何故か胸の奥がスースーとして、時折鈍い痛みに襲われた。
やはり“父”なのだと思った。


助け出してくれた人は、医者だった。
高名な医師だった彼は、ある人物に大金を借りて己を助け出してくれたと後に知った。

彼は多くの事を薔嬌に教えてくれた。
この薔嬌と言う名も、彼が付けてくれた。


“綺麗な君にピッタリだ”


そう言って頭を撫でてくれたあの人は、彼女にとって兄でもあり父でもあった。
年頃になった薔嬌は、彼に恋をした。

彼こそ、自分を助けに来てくれた御伽噺の貴公子だ、と――。

いつも民を思って、病を治し、国中を回っていた彼を、心から愛していた。
貧しかったけれど、彼の志を知っていた薔嬌は傍にいられるだけで十分だった。

けれど、彼は己を慈しんではくれたけれど、愛してはくれなかった。

哀しくて、寂しくて仕方がなかった。


どうして愛してくれないの?

どうして抱いてくれないの?


何度もそう嘆いたけれど、彼に想いが届く事はなかった。
彼が愛してくれないならば、と思った薔嬌は、彼の前から姿を消した。


御伽噺なんてある筈がないと絶望を胸に抱いて――。


気が付けば、己を買っていた男の家の前にいた。
心を痛めた薔嬌にとって、最早身売りなどなんともなかった。

彼に愛されないのならば、誰に抱かれようとも一緒だった。
ならばせめて、己をこんな風にした男たちを苦しめてやろうと思い、闇に手を染める事を決意した。







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