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ある程度片付けを終えた薔嬌は、何気なく清雅に言葉を向けた。
『何か仕事でお困りにでもなりましたか…』
「別に、お前には関係ない」
素っ気無い返答をする清雅に、薔嬌はスクリと立ち上がった。
『では――』
清雅の方へ振り向き、ニイと紅い唇で弧を描いて笑いつつ、一歩一歩と近づいて行く。
ビクリと清雅の身体を反応し、それに気付いた薔嬌はそっと笑みを深めた。
『――わたくしの事でしょうか?』
首を傾げて見上げる仕草。
多くの女たちが、男達の気を引こうと行ってきた仕草だった。
それを卑下しながら見つめていた清雅にとっては意味のないものであった筈だが、相手が薔嬌となっては話は別だった。
嫌悪しているにも拘らず、こうして彼女に欲情している己がいる事を清雅は自覚していた。
自覚して、嫌悪感を抱いて、己を叱咤して――それを繰り返す。
だから仕事でも訳もない過ちをしてしまう。
こびり付いたモノが彼を惑わし、そして己が“雄”である事を再認識させられ、それが同時に彼を固執させた。
――華薔嬌に…
「俺が…お前に…?」
フン、と鼻で笑いつつも、他人に対しての倣岸な態度は影を潜めており、それが彼の動揺を示していた。
薔嬌は何言わない。
ただじっと笑みを深めているだけ。
そして数拍の後、また一歩近づいて、ゆっくりと白魚の如き手を伸ばして清雅の首筋を撫でた。
ピクリと反応する身体に、ニヤリと薔嬌の口元が緩む。
ほら、やはりわたくしの事でしょう?と言わんばかりに。
それが彼の矜持を揺さぶったのか、それとも首筋に伝う指の仕草に煽られてか、気が付けば彼女の身体を寝台に押し倒していた。
目が違う、と薔嬌は思った。
いつもの様な鋭さを帯びた冷めた眼差しは形を潜め、ただ蒼い炎の様なものが揺らめいて見える。
欲情したときの男の目だと、薔嬌は知っている。
だからそれに乗ってやろうと考え、押し倒された事に何の反応も示す事なく、口角挙げて笑みを浮かべてツ、と指をを清雅の頬に這わせる。
ピクッ、と小さな反応をした後、苛立ちを含みながらその手を握り、口付けを落とした。
「こんな夜更けに男を誘う様な行動をしてただで済むと思っているのか?」
清雅の言葉に、薔嬌は瞳を丸くして驚いた。
そして清雅はその様子には怪訝そうに眉根をひそめた。
何を驚いている、とばかりに――。
そして、クスクスと鈴の音の様に愛らしい声を挙げて笑い始めた。
「何が可笑しい?」
『その様な初々しい反応をすると言う事は、若様はまだそれ程女人をお知りではないのでしょう?』
「何だとッ!?」
別に可笑しな話ではなかった。
清雅はまだ十八。
女の肌をそれ程知っていなくとも哂われる事はない。
だが、薔嬌は猶も笑う。
可笑しくてたまらない、とばかりに。
『わたくしの持論としては、女の肌を良く知らぬ男など、男のうちに入りませぬ
ですから……男を誘う、と言われましても――』
ねえ?と艶めく唇が更に弧を描く。
その媚態に、清雅はゴクリと大きく喉を嚥下させた。
己が“男”ではないと言われているのに、反論の一つも返さない己を客観的に煽っている己もいたが、それでもこの女の色香を前にすればそんなものは意味を成さなかった。
ただ、胸の内をくすぶる感情と、制御出来ない性欲を早く吐き出したかった。
だからかもしれない。
気が付けば、自分から薔嬌に口付けていた。
荒々しい口付けは、お世辞にも上手とは言えず、彼女の言葉どおり女の抱き方も満足に知らない少年のモノ。
薔嬌は笑った。
所詮この男も“男”だった、と――。
嫌いな女に欲情するただの男なのだと。
荒々しい口付けを終え、唇を離せば清雅の呼吸だけが乱れている。
そして薔嬌はニイと艶やかに唇で笑い、それが清雅の残り理性を掻き消した。
止めといわんばかりに、耳元で囁く。
“わたくしが女というモノをお教え致しましょう”
甘い囁きは言い知れない背徳感を生み、同時に少年から矜持すらも奪っていく。
今薔嬌の前にいるのは、ただの“男”――。
To be continue...
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