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薔嬌の予想通り、陸家の侍女たちが己に近づいて来ては、あれやこれやと詮索の嵐が飛び交う毎日を過ごす。
何処の姫なのか、という問いから始まり、どこで邸勤めしていたのか、果ては若君の奥方になってくれないか、と願う者もいる。

最後の問いにははっきりと否という答えを返したが、その他の問いは曖昧に答えるだけだった。
虚言を吐くと後々面倒であるからだ。

己は何も後ろめたい事はしていないという自負はあった。
だが、前回や今回の事があるのだから、不利になる虚言は避けたいのが心情である。





そんな毎日を過ごしていれば、自然と邸の者たちは己の出自について問いただして来る者はなくなった。
それに反比例する様に清雅の機嫌が悪くなっていくのがわかる。


「まだあの女の尻尾はつかめないのかッ!」


苛立ちながら家人に尋問すれど、家人たちが報告してくる話は日に日になくなり、今となっては今日は薔嬌に何を教わった、何をした、という日誌の様な報告だけとなった。

ホクホクと笑みを浮かべながら報告してくる侍女頭を下げると、今度は家令に同じ問いをする。
だが、願った答えが返ってくる事はなかった。


「薔嬌殿の何がご不満なのです?気立ての良い美しい方ではありませんか」


家令の言葉に清雅は大きな溜め息をついた。
己が最も信頼している、じいやすらもとうとう丸め込まれたらしい。

この事には流石の清雅もお手上げだった。
同時に、もう使える手がないのだと思い知らされる。


(あの女にしてやられたというのかッ…?)


脳裏に浮かぶのは、艶やかに紅の引かれた紅い唇。
ぽってりとした唇が弧を描き、艶然と微笑む様を思い出した清雅は、不意に背筋に走る快感とも呼べる悦に一時浸った。

そして我に返った瞬間、清雅は言いようのない焦燥感と嫌悪感に(さいな)まれる。
“雄”としての欲を嫌悪する“女”に抱いてしまった事、そしてその相手が薔嬌である事。

女を卑下し、見下してきた彼にとって、女に欲情すると言う事は罪を犯す以上の背徳感に襲われる。
女など…と生きて来たのに――。


(よりもよって己の一番嫌悪する部類の女を…ッ)


(かぶり)を大きく振って脳裏に焼き付いた薔嬌の艶然とした笑みを振り払おうと試みる。
けれど、振り払おうとすればする程こびり付いて離れない。

泣きそうになる己を必死に押さえ付けて、ただ忘れるんだ、と言い聞かせるばかり――ー。






ある日の夜半過ぎ、五日振りに清雅は邸に帰宅した。
それを出迎えた家人たちは、直ぐに彼の機嫌が悪い事に気が付いた。

非常に優秀だが、同時に非常に気性の荒い性格の彼の次の行動は長年の経験で直ぐに理解できる。


自室に入った瞬間、ガシャンと大きな音が鳴り響く。

花瓶やら何やら、恐らくは目に付くもの全てを徹底的に壊しているのだろう。
その愚行に家人たちは巻き添えを食らわぬ様にと、蜘蛛の子を散らす様に非難した。

ただ薔嬌だけが、呆れた様に室を見つめていた。
子供の癇癪でもあるまいしと呟いた後、ふと清雅の年齢を思い出して苦笑を浮かべる。


(まだ子供…だったわね)


仕方がない、と踵を返して己の室へと向かった。


しばらくして清雅の室の前に戻ってみれば、室内は随分と静けさを取り戻している。
どうやら彼の気は済んだらしい、と火の粉が回る事はないと安堵して、扉を叩いて入室の挨拶をした。


「何のようだ?」


室に入るなり、出て行けと言わんばかりにジロリと睨み付けてきた。
寝台に腰を下ろす彼は、乱れた形でいつもの清廉として佇まいは影を潜めており、それが一層彼の眼差しを強めている様にも思える。

だが、薔嬌にとっては痛くも痒くもなくて、淡々と室内を見渡していく。


『こちらをお飲み下さいませ
その間にわたくしは室内を片付けさせて頂きます』


一頻り見渡した後用意していた茶器を渡すと、薔嬌は壊れた家具の片づけを始めた。
手馴れた所作で行われるソレに、清雅は睨み付ける様に見つる。







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