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その日、清雅は四日ぶりに帰宅した。
もちろん皇毅の命で保護観察することとなった薔嬌も一緒にである。
途中、揺れる軒の中で何度も薔嬌に視線を送るものの、彼女は一向にソレには気づかずただ目を閉じて瞑想するだけ。
薔嬌は御史台を出る前に告げられた皇毅の言葉が気がかりだった。
“お前はただ以前と同じ様に振舞えばいい……清雅はお前の好きにしろ”
何を持ってあんな言葉を――と何度も考え込む。
けれど、聡明であっても優秀ではない薔嬌に、彼の言葉の真意が分かる筈もない。
結局、何も分からないまま帰路に着き、気がつけば陸邸へと到着していた。
軒から降り立った薔嬌は、先ず始めに家人に簡単な挨拶を述べた。
どういった経緯でとは言わないが、とりあえず笑みを貼り付けて若様に誠心誠意を持って御仕えしたくおもっています、などと心にもない言葉をツラツラと紡いでいく。
一寸、家人たちは何を言われているのか理解できなかったが、直ぐに我に返った彼らはどっと沸きあがる。
女嫌いだと声高々に宣言する陸家の若君が女人――それも一番嫌いであろう部類の妖艶な美女――をつれて帰ったというのだから、邸中が大騒ぎとなった。
「何なんだ…」
若様がご乱心した、女嫌いを撤回なさった、などとふざけた事を涙ながらに口にする家人たちの様子を見た清雅は、呆れた様にため息と共に言った。
傍らの薔嬌はクスリと笑みを深めた後、ソクソクと荷物を軒から降ろした。
押収したにも拘らず何故こんなに荷物があるんだ、と思っていると、その視線に気付いた薔嬌が、全て仕事道具ですと答えた。
「仕事道具?」
彼女は侍女をしていてそれから邸の主に見初められて妾になった。
侍女に仕事道具などいるのか、とブツブツ言っていれば己の手に気付いた。
あの時は混乱していたが、今思えば随分と手馴れた手当てだったし、彼女の姓を思えば合点が言った。
同時に、彼女にその事を尋ねたときのあからさまな反応が答え示していたに気付く。
そんな事も分からないのか、と思われてた事に気が付き、フツフツの訳の分からない感情が込み上げてきた。
何故かこの華薔嬌の言動は己の癇に障る。
己の甘さを彼女はものの見事に突いてくる。
この女よりもずっと下にいるという事実に、悔しさが込み上げて仕方がなかった。
(仕事、道具…)
もう一度、今度は心中で呟いた。
薬湯作りや手当てが得意で、この荷物の多さ。
何より、医学に対する知識と彼女の姓。
(まさか…!?)
バッと振り返り薔嬌を凝視すれば、彼女はニコリと口元で哂う。
紅の引かれた魅惑的な唇がいっそう艶めき、それに視線を外しながらも清雅はゴクリと喉を嚥下した。
そして己が薔嬌を雌として欲しているという事に気付いた清雅は、踵を返して自室へと戻っていた。
ズカズカと歩く姿はいつもの優雅さは微塵も感じられず、それだけ彼が己の欲に対して嫌悪しているのが分かる。
薔嬌は清雅の姿を横目に、薄っすらと笑みを浮かべた。
『まだまだ若いですわね…』
自分を監視しようとしているのはすぐに分かった。
何故なら、嘗ての皇毅と全く同じ態度で己に接してきた。
きっと時間が許す限り己の周りを嗅ぎ付け回るのだろうと容易に想像できた。
そして、己の周りに鬱陶しいまでに使用人たちが主の命を果たさんと近づいてくる。
どうしたものか、と薔嬌は考え込んだ。
このまま陸家で厄介になるのもいい。
歳若い彼をからかうのもよし。
からかってもて遊んで、その後は身を隠せばいい。
それとも、何もせずただ侍女として過ごすか。
どちらにせよ、あちらの出方しだいだ、と結論付けた。
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