(3/3)



喰い込んだ爪が汚れていた為、手当てには思ったより時間がかかった。
本来ならば放っておくような怪我だが、彼女曰く破傷風になるから消毒だけはきちんとしろ、らしい。

ブスッと表情を顰めている清雅に、薔嬌は珍しく普通に笑った。


『それが地なのね、そちらの方がらしいですわ
まだ未成年なのだから、そこまで嘘で塗り固めなくてもいいのではないかしら』


艶々とひかる紅い唇が、一層艶やかさを増したように感じた。
一寸、それに誘われる様に顔を近づけたが、それに気付いた瞬間、バツの悪そうな表情でフイと顔をそらした。

それが可笑しかったのか、また薔嬌は笑った。
今度は嬉しさからで。


薔嬌はこの少年に嘗ての己を重ねていた。

女が嫌いだと態度の端々から感じ取れる清雅同様、彼女も男を信用していなかったし、あの頃は嫌ってもいた。
本気で男たちを滅ぼそうとしていたのかもしれない。

前回の件で旺季と葵皇毅に出逢った事で男に対する認識は変わった。
信用に足らない存在であるのは変わりないが、それでも嘗てに比べれば随分な進歩である。

今もそれは変わらないが、目の前の少年に比べれば可愛いものだ。

けれど、少年――清雅は違う。
彼は明らかに女人を見下しており、嫌悪の感情がありありと感じ取れる。

そこまで彼を女人嫌いにさせた原因には興味ないが、それでも何故か気になってしまう。
認識を改めろとは言えないが、男だけでは生きていけないのだから、そのことに気付いて欲しかった。


『さて、皇毅殿が仰った様に検診もしますが?』


どうしますか、と視線で問われる。
こっくりとした婀娜っぽい眼差しは、女性経験の少ない少年を煽るには十分だが、女嫌いだと自負する清雅は大きく頭を振って、否と答えてバタバタと慌てる様に長官室へと向かった。


『可愛らしいこと…』


初々しい反応に、薔嬌は笑った。
その笑みは今までのザラっとした笑みでも、艶めいたものでもない、柔らかな笑みだった。






「長官ッ!」


バタン、と大きな音を立てながら入室してきた清雅に、皇毅は薄っすらと笑みを浮かべた。
大方薔嬌の色香に絆される寸前の所を逃げる様にして来たのだろう。

これから御史として使っていくには“色”も必須。
初っ端から横綱が相手では些か哀れにも思えたが、あれに耐えられれば大抵の女は転がせる。
そう思えば荒治療といえどもせずにはいられなかった。


「なんだ、騒々しい」


う、と詰まった様に清雅は黙り込んだ。
言いたい事があるのに、彼の冷たい眼差しを身に受けるとどうにも言い返せない。

実際、何を言おうとしたのか正直忘れてしまったが――。


「拘留期限まで何度やっても同じことだろう」


それは過去の己も同じだったから分かった。
あの頃の己より、清雅は十は若い。

薔嬌の本音を曝け出すのには、はっきり言って役不足だろうと皇毅は思った。
何より、旺季が釈放しろと言ってきたのだ。

何故か前回の件以来、旺季は薔嬌の肩を持つ。
彼女は無実だとして釈放したのも、旺季の決定があってこそだった。

御史大夫の地位を退いてから久しいが、それでも彼の発言には大きな影響力もあり、何より裏が取れないのだからこれ以上の拘留は法に反する。
法を犯してでも拘留する価値があるかと問われれば、否。

仕方なしに皇毅は今回の件の薔嬌の関与はなし、と判決を下した。


それを告げれば、清雅は納得できないとばかりに食らい付いた。
あの女の化けの皮は絶対自分が引っぺがしてみせる、の一点張り。

よほどあの女の色に惑わされたのが気に入らないのだろう。
同時に、珍しいほどの執着振りに皇毅の脳裏に“ある事”が過ぎった。


(まさか…な…)


打ち消す様に溜め息を溢すと、皇毅は仕方なしにある事を提案した。
それは、前回同様皇毅が旺季に命じられて行った事である。


「保護観察?」


本来ならば出所した罪人を観察という名目で保護する事だが、今回は出来る限り清雅に長く観察して今回の様な惨事を防げと命じた。

女を邸の置くのは癪だが、逆を言えば家人を使って薔嬌の動向を探らせられるし、監視も出来る。
何より、不可解な経歴を生活の中で口を滑らせるかもしれない。
よって、二つ返事で清雅は是と答えた。


「精々黒薔薇の新たな餌食にならない様に気を付ける事だな」


黒い薔薇、と皇毅は薔嬌を呼んだ。
その言葉に清雅は納得とばかりに笑みを深めるが、続けられた言葉に眉根を寄せ、そんな事は絶対ありません、と顔を紅くして噛み付いた。


こうして、薔嬌は御史・陸清雅の邸で保護観察という名の下、同居する事となった。




To be continue...


top

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -