(2/5)



―逢瀬の夜―


約束の時刻がとおに過ぎていることに婉蓉は焦っていた。
本来ならば女官の仕事は終え、湯浴みをした後に花王を迎えるはずだった。

だが第二公子・清苑に呼び止められ、第六公子・劉輝の子守唄を奏でてくれと言われてしまっては、女官である婉蓉が断る術など持っていない。

心中で溜め息を溢しながらも、夜毎魘される劉輝を哀れに思いながら爪を弾いて琵琶を奏でた。
琵琶に興味深々な劉輝は中々寝付かず、子守唄だけでなく他の曲も強請られてしまった為に、約束の時刻が過ぎてしまった。


「やっと眠ったか…すまなかったな、遅くまで引き止めてしまって」


矜持の高い清苑だが、婉蓉にだけは謝罪の言葉を告げる。
その言葉が自分だけにしか向けられないものだとは知らない婉蓉は、否と首を振り、不敬にならない程度に急ぐようにして退室した。



息を切らしながらも、愛しい青年の待つ自室へと足早に回廊を進む。
長い長い回廊。

藤の衣を下賜された婉蓉の為に、セン華が特別に用意した籐香宮は後宮の奥に位置していた。
セン華の計らいには感謝しているが、この時ばかりは愚痴を溢さずにはいられなかった。



そんなことを考えながら、極力足音を立てずに回廊を突き進んでいればやっと自室に着いた。



『花王様、婉蓉です
お待たせし致しました、遅くなって申し訳ありません』


そっと室へと入れば、ギュッと後ろから抱きしめられた。

遅くなったことに対して不満があるのか、耳元でそっと遅い、と呟かれた。
けれど、不満を抱いているわけではなく、抱きしめる腕は優しいものだった。


「誰と会ってたの?」


どこか拗ねた様な口調で問う。
琵琶を抱えていることからセン華王へ楽の謙譲をしていたのかと思っていたが、ふと婉蓉の衣から彼女のものとは別の香りがした。

自分と会う前に、誰か別の人物と、香りが移る程永く時を共にした。
そう思うと苛立ちを抑え切れない。

花王は荒ぶる心を押し殺しながら、婉蓉を横抱きにして、そのまま寝台へと腰を下ろした。
腕の中にいる婉蓉の顔を覗き込めば、花王の麗しい顔が近いことに頬を染めながらも、劉輝公子に子守唄を、と呟いた。

本来ならばそれで納得するところだった。
けれど、劉輝公子と共にいる人物を思い浮かべた花王は、むっと表情を歪めた。


「清苑もいたんでしょ?」


どうして言わないんだい、と咎めるような口調に婉蓉の瞳が揺れた。
清苑も一緒だったことを黙っていたのは、清苑が苦手だったということもあり、尚且つ告げるほどの事ではないと思っていたからだ―。

けれど、花王にはそんな言葉も通用しなかった。


『清苑様も、ご一緒でした…』


申し訳なさそうに告げる様子に、花王は大きく息を吐いた。

別に婉蓉の気持ちを疑っているわけではない。
彼女の心はきちんと自分に向いている。

だが、清苑の方は違う。
あれは明らかに婉蓉に対して特別な感情を抱いている。

それを知っているからこそ気に入らない。
本人は気付いていないのがせめてもの救いなのか、それとも知らないからこそまずいのか。


いや、まずい。

知っていれば近寄らないようにといろいろ自分で行動できるが、婉蓉が気付いているとは思えなかった。
つまり、無防備な状態で清苑と共にいるということなのだ。

花王は頭を抱えたくなった。
もし公子の勅命が降りれば、いかな花王が藍家とは言え二度と婉蓉とこうして逢瀬を交わすことなど出来なくなる。


「婉蓉はどうするの?」


花王の突然の問いにキョトンと首を傾げる。
そんな仕草がかの公子達の気を引く所以でもある為、この時ばかりは目の前の少女の愛らしい所作を忌々しく思う。


「もし清苑が他の公子達の様に君にご執心だったら、どうするの?
そうでなくても、子供とはいえ清苑も男なんだ

襲われたりしたらどうするの?
後宮内で襲われたりしたら、いくらぼくでも助けられないからね」


嗜めるような口調に身体を竦ませるが、実際その通りだった。
秘めの逢瀬とはいえ、花王という恋人がいるのだから行動を慎むのは当然だった。

自分が後宮でいつもどんな目にあっているのか―。
花王の言葉にやっと事の重大さを理解した婉蓉はポロポロと涙を溢し始めた。







top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -