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「あれ?婉蓉?まだ来てないのか…」


約束の場所に行けば、いつも自分を待っているるはずの愛しい少女はいなかった。

仕事が忙しいことはわかっていた。
彼女はセン華王のお気に入りなのだから、常に侍っているのは当然である。

それが気に入らないのは男としての感情だが、そんな狭量の自分が嫌だった。


(たまには待とう)


そう思って花王は手持ち無沙汰になった時間を埋める為に、懐にしまってあった竜笛を取り出した。

歌口にそっと息を吹き込めば、鮮やかな音があたりに響き渡る。
サワサワと新緑が生い茂る薫り高い皐月の頃、後宮の庭園に竜笛の音が軽やかに舞う。






数曲吹き終え、愛しい少女への思いの丈を音にぶつけてすっきりした花王は満足げに笑みを浮かべて懐に竜笛を閉まった。

藤の木の下で吹いていた為、髪や肩に藤の葉が落ちていた。
それを取り払おうと少しだけ視線を横に向ければ、愛しい少女がちょこんと雛人形の様に座っていた。


「いつ間に…」 

『最後の曲が始まって直ぐですわ
余りにも熱心に奏でられるので、聞き惚れてしまいましたわ…』


彼が何を思って奏でていたのか、楽を得意とする婉蓉には直ぐにわかった為に、その頬は紅く染まっている。


「婉蓉……お疲れ様
今日は珍しく遅かったね」


ニッコリと微笑みながら腕を広げて婉蓉においで、と言葉なくして告げた。
オズオズとどこか恥ずかしげに腕に収まった婉蓉を愛しく思いながら、花王は耳元でちょっとだけ待ったよ、と耳元で愚痴を言う。

けれど、厭味ではなく愚痴。
そう言えば、婉蓉がいつもより優しく甘く自分に擦り寄ってくれると知っているから。

これは彼なりの愛情表現であることを婉蓉は知っていた。
申し訳ありません、そう言って花王の背中に腕を回せば直ぐに花王の機嫌は良くなる。

二人の距離が縮まったのは、彼の兄である雪と月が彼女に諌めの言葉を告げたとき。
たとえ二人の兄に反対されようとも、花王は婉蓉との逢瀬を止めることはなかった。

それ程までに、既に花王は婉蓉を愛してしまったのだ。
固く結ばれた運命の糸が解けない程強く絡まるように。





「けど、不公平だな」


ポツリと呟いた言葉に、婉蓉はキョトンと首を傾げた。
何が不公平なのだろうと考えていれば、それを察した花王はそっと耳元で囁いた。


「ぼくは君の琵琶を聴いていないのに、君はぼくの竜笛を聴いただろう」


素直に君の琵琶が聴きたい、そう言えばいいものを花王はわざと回りくどく告げた。
彼が何を望んでいるのか、それを覚った婉蓉は小さく微笑みながら耳元で囁き返した。


『明日の夜、妾の室へといらして下さいませ
お気の済むまでお聞かせいたします』


琵琶を弾いてくれる、それも自分の気が済むまで。
けれどそんな事よりも、明日の夜という言葉に花王は反応した。

秘めの逢瀬を始めてから早2月が過ぎようとしていた。
婉蓉からの逢瀬の誘いに、花王の口元はそれを諌める自身と反して緩んでしまう。

そんな嬉しさを抱きながら、花王はゆっくりと腕の力を和らげて、そっと頬に手を伸ばす。
顔を近づければ、婉蓉の睫毛がピクリと反応した。

それが嬉しくて溜まらなかった。
目の前の愛らしい少女が、自分と同じ気持ちだと言うことに花王の心は歓喜に震える。


「婉蓉、ぼくの可愛い藤姫…」


そのまま二人の唇は重なり合った。
触れるだけの優しい口付け。

ほんの数秒、けれどもその時間はとても長く感じられた。
口付けが終わり、額を合わせると互いの顔が紅く染まっていることに気付いた。

それが可笑しくて、二人はクスクスと笑ってしまう。

些細な約束でも、幸せだった。
花王は胸のうちにある不安を拭いながら、今の幸せをかみ締めていた。








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