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『清苑様…』


あの夜から数日が過ぎた後、清苑は一人回廊を歩いていた。
弟の劉輝を捜し求めていたのだが見つからず、ただ彷徨う如く庭園の近くを探していた。

そんな彼に、強張った女人の声が掛けられた。


(……本当に、誰にでも平等なのだな)


敗北が決定し、いつ捕らえられてもおかしくない自分に、変わらず声を掛ける女人など一人しか思い当たらなかった。


「婉蓉か…」

『劉輝様の元へ、ご案内致します』


案内する、その言葉に清苑は眉根を寄せた。

いつも自分の変わりに劉輝の傍にいる筈の彼女が、その傍を離れている。
怪訝に思いながらも、彼女に案内されるがままに清苑は歩を進めた。





やがて、劉輝の明るい声が聞こえてきた。
一人になった劉輝の後見を申し出る者はおらず、父王が一緒なのか、と思っていたが、目の前に留まった人物に、清苑は全てを受け入れた。


(とうとう来たか…)


ドクン、と心臓が大きく脈打った。
分かっていたことだったが、それでも劉輝をや婉蓉を思うと、この時が訪れるのをどうしても避けたかった。
けれど―。

    
「お迎えに参りました」


約束通り、と口にして、清苑を待っていた人物―御史台長官・旺季―は手に持っていたお手玉をそっと劉輝に返した。
ゆっくりと清苑の前に立ち、手を差し出す。


「どうぞ、剣をお渡し下さい」


クシャリ、と清苑は笑った。
そして天を仰ぐと、ギュッと瞳を閉じ、大きく息を吐いた。

涙が零れ落ちそうになるのを必死に我慢しながら何度も息を吐いた。
それから腰に挿していた干奨を旺季に明け渡すと、劉輝を抱き上げた。


「旺長官とお絵かきもしました」


劉輝の明るい、天真爛漫な笑顔のお陰で、清苑は笑う事が出来た。
これから冬になるから、と細々と一つ一つ話した。

劉輝の子供特有の温かい体温を噛み締めながら。






「清苑様、お時間です」


旺季が言を挿んだ。
最後にギュッと抱きしめると、清苑はゆっくりと劉輝を下ろした。

別れの言葉は口にしなかった…。
母と別れ、続けて自分までもとなると、流石に劉輝の心は耐えられるはずもなかった。

傍に侍っていた婉蓉はそっと瞳を閉じて佇んでいる。
劉輝の無邪気な笑顔が、一層悲しみを煽ったから―。


「婉蓉…劉輝を、頼む」


最後に精一杯の笑顔を浮かべて清苑は言った。
氷の公子としてではなく、ただの兄としての優しく暖かな笑みを―。

彼女の心に自分はいない。
けれど、せめて弟思いの優しい兄として彼女の記憶の中に留まりたかった。


『はい…かしこまりました』


鼻に掛かった声で彼女は答えた。
劉輝を思ってか、それとも清苑を哀れんでの事なのか、いつも感情の起伏を露にしない彼女が、この時初めて清苑の前で橙がかった席褐色の瞳を揺らした。


(さらばだ…婉蓉)


そっと胸の内に零して、清苑は踵を返した。


「行ってらっしゃいませ、兄上
お勤め頑張ってください」


ぶんぶんと大きく手を振りながら、劉輝は兄を見送った。
不意に笑みが零れ、清苑は小さく手を振り替えし、旺季に小さく謝辞を口にした。


「気遣い、感謝する…」


御史も武官もただ一人としていない。

旺季一人だけに、干奨を預かっただけで、縄も掛けられる事もない。
傍から見ればただの散策だろう。

劉輝に捕縛されたという事実を突きつけることもなく、婉蓉に取り押さえられる瞬間も見られる事もなく。
兄として、男としての矜持を最後まで失せることなく清苑は王宮を去っていった。


(劉輝…婉蓉……)


愛する末の弟と愛する少女を想いながら、危うい美貌の公子は歴史の表舞台から降りた―。



End...




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