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彼女の琵琶の音が、蘇芳を奏でる音が何故こんなにも切なく悲しいのか、今の清苑ならば理解できた。


(私のせい、だな…)


以前は分からなかった。
けれど、今ならば理解できる。

それは清苑が少しだけ成長した証拠。
だが、遅すぎる成長だった。

今更清苑がどうしたところで、今の彼の状況を覆すことなど出来ないことは分かっていた。
どんなに足掻こうとも、闇夜に紛れた奈落への影は清苑の肩に覆いかぶさっていたのだから。

藍家の三つ子が手を出そうとも、紅家の三兄弟が手を出そうとも、清苑の敗北は決定していた。
あとはその日がいつになるのか、だった―。


(私が去った王宮に、あの三つ子が残るとは思えないしな)


当然のことだった。
藍家が定めた王がいないこの貴陽に、藍家直系の男が残るはずもない。

それすなわち、婉蓉とあの男の別れを意味していた。
結婚するというのも選択肢の一つだった。
だが――。


“身分違いも甚だしい、そんな方をお慕いしてしまいました”


嘗て劉輝に初めて“蘇芳”を弾き聞かせた時に彼女がポツリと零した言葉。
あの時は、もしかしたら、などと淡い期待を抱いたものだった。

だが、今ならば理解できる。


結婚することも不可能なほどに、彼女は後見のない身分の低い出自だということ。
たとえ自分が彼女を召し上げることが出来たとしても、きっと彼女が苦しむのは目に見えていた。

王宮と言うところは身分がモノをいう場所だった。
そして、この場所で後見のない彼女が生きていくのがどんなに辛く苦しいことだったか。


(どれほど長く勤めようとも、どれほど王に気に入られようとも、婉蓉は“上”に立つことはないのだな)


父王が彼女に藤を下賜したのもそうだ。
下賜は“臣”と認めること。

その臣に手出しすると言うことは、父である王の御心に逆らうこと。
なんの後見もない、ただただひたすらに忠義を捧げ続けた幼い少女に、父が盾を与えたのだ。

それほどまでに、彼女は素晴らしい女官なのだ。





自分は今まで、彼女の何を見ていたのだろう。
恋に溺れ、冷静さを見失い、ただ恋をした彼女を裏切り者の様に蔑み、彼女を手に入れようとそればかり。

これでは自分が見下していた妾妃たちとなんら変わらない。
清苑は初めて、“自分”を理解した。

けれど、それはどこか“普通の人”とは違った見解だった。
恋をすれば人は欲深くなり、臆病になり、冷静さを失うもの。

当然の理であるはずなのだが、それすら彼は気付かなかった。
彼は自分を客観的に見つめた上での見解のはずなのに、結局の所、彼は何も分かっていない事には気付いていなかった。

それを知るのは、十三年の時が過ぎた頃―。




蘇芳を奏で終わると、劉輝は再度蘇芳を強請った。
何故か彼はこの曲を好み、せがんだ。

辛いはずなのに、苦しいはずなのに、彼女は劉輝の容貌どおり何度も蘇芳を奏で続けた。
甘く切ない、優しくも激しい恋の曲を。

そんな彼女を見るのが清苑は辛かった。
彼女が苦しんでいるのを見るのが嫌だった。

けれど――。


(だが、あの男と共になるよりは……!)


清苑はこの時、自身の中に巣食ったある感情に気が付いた。
もう彼女の事は諦めよう、自分の想いが叶わないのならせめて彼女の幸せを願おう、そう願ったはずなのに。


(私も所詮、“男”だったといことか…)


ふ、と嘲笑が零れた。
こんな風に誰かに執着して、固執するとは思っても見なかった。
こんな想いを誰かに対して抱くとは思っても見なかった。

それでも、この想いを自覚する以前よりは自分というものがよく見える様になった自覚はある。
誰かを愛する事なんてない。

そう思っていたのに…。

彼女が自分を“人”に戻してくれた。
そう思うと胸にジンワリと暖かいナニかが広がった。


(婉蓉…口にする事はないが私はお前を愛している、愛してるよ…)


ゆっくりと瞳を閉じて、彼女の奏でる“蘇芳”に耳を傾ける。
彼が知るはずなどなかった“恋”を―。








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