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婉蓉と三つ子の一人の逢瀬を目にしてからというものの、清苑はこれまで以上に彼女に視線を送るようになった。

いや、本人としては無自覚なのだろう。
だが、あの日の艶やかな彼女を目にしてから事ある毎に彼女を視線で追った。

年頃の男子ならば当然の行為。
だが初じめて恋というを経験した清苑、どうしていいのか分からなかった。
結局彼女を見つめることしか出来なかった。

自分の想い、視線に気付いてほしい。
けれど、気付いてほしくない。

そんな感情が入り混じる中、彼の破滅への時は着々と近づいていた。
本人は気付いていなかった。

破滅の足音が近づいていることに…。







その年の冬が訪れが景観の端々に見て取れる頃、清苑は彼女を呼び出した。


母が死に、その遺体を一番初めに発見した第六公子劉輝の為に。

その時の記憶を無くしても、劉輝は母を思い、その想い故に毎夜の如く魘され続けていた。
それから一年もの歳月が過ぎたと言うのに、未だ悪夢は幼い劉輝の心を蝕み続けた。

劇薬によって爛れた顔に、ただ美貌だけを武器に後宮で生きてきた第六妾妃は、池に飛び込み入水自殺を図ったのだ。
表向きは病死とされているが―。


「ふえッ…ふ、ふえッ…」


今宵もまた劉輝は魘されていた。
昼間は清苑や婉蓉がいる為、泣くことはなかった。

けれど、夜が訪れると共に、劉輝は延々と泣き続けた。
母の凄まじい最後が悪夢となってこの幼い公子を苦しめているのだ。

莫邪を与えても、それはほとんど意味をなさなかった。
故に清苑は彼女を呼び出した。
劉輝は彼女に懐いていたし、何より彼女の琵琶の音は不思議と劉輝の心を安めた。


「呼び出したりして、すまなかったな」


あれ以来、どう話しかけていいのか分からず、ずっと言葉を交わすことを避けていた清苑は視線をそらしながら言った。

いえ、と小さく返事をして寝台に視線を運ぶ。
寝台の中で莫邪を抱きながら小さく丸まり、脅えた様に隅で寝ている劉輝が彼女の目に留まった。


「御可哀想に…」


憐憫の篭った小さな囁き。
けれど、武術を得意とする清苑には十分すぎるほど耳に届いた。


(本当に、優しい女だ…)


自分があの日から何度彼女を避けた態度をとっても、彼女は何一つ変わらなかった。
何一つ―。

それが、彼の心を苦しめることになるが、それでも自分と同じように彼女が自身を避けることになるのは嫌だった。
避けられるならば、そう思えば清苑の心は幾分か楽になった。


 ビョウ ビョウ ビョウ


セン華王より下賜された“籐雫月奏”の音色が響き渡る。
劉輝の為の子守唄。

いつも分かっている筈なのに、不思議と彼女の音色は清苑の心をも揺さぶった。
彩雲国に伝わる子守唄に始まり、外つの国の子守唄。

清苑が耳にしたこともない様な、不思議な調べまで彼女は奏で続けた。


「婉蓉…?」


小さな小さな声が耳に届き、婉蓉はピタリとその演奏を止めた。
続いてゆっくりと立ち上がり寝台の奥へと顔を覗かせると、穏やかな笑みを浮かべた。


『御起こししてしまいましたか?』


悪夢で魘されていたことなど露とも語らず、劉輝の眠りを妨げたのではないかと問う。
魘されていた、と口にすればまた劉輝が脅えることなど分かっていた。


「蘇芳、を弾いてはくれないか?」


思いがけない言葉に彼女はもちろん、清苑も目を丸くした。
蘇芳、男女の恋の曲でかなり有名なものではあるが、子供の好む曲ではない。

同時に、婉蓉への想いを断ち切られた清苑にとって、今一番聞きたくない曲でもあった。


『蘇芳、でございますね…畏まりました
劉輝様は、ほんに蘇芳がお好きなのですね』


どこか悲しそうな表情を浮かべながら、彼女は笑った。
以前も、劉輝は同じようにして彼女に“蘇芳”を強請った。

あの時も同じような表情で悲しそうに笑った。
それから、ビョウ、と爪を弾じき、弁を翳しながら蘇芳を奏で始めた。

甘い男女の恋物語を綴った曲。
それなのに、何故かその音は悲しく聞こえてきた。


恋の甘美さを表した曲なのに、何故か恋の切なさ、悲しみを表した曲に聞こえてならなかった。








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