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ハァ ハァ ハァ


バタンと大きな音を立て、清苑の自室の扉は閉められた。
彼に仕えている女官は清苑の荒々しい行動にどうしたのか、とオロオロしていたが、それすらも今の彼の前には入らなかった。

ただ、先程目にした光景を信じることが出来ずに身体を震えさせていた。


“花王様、今日はいつまでご一緒できるのですか?”

“君が帰ってと口にするまで傍にいるよ”



「や…め、ろ…」


“婉蓉…私の可愛い藤姫”

“…花王様…”



「ヤメロッヤメロッッ!!」



 ―ガシャンッ―


怒りを吐き捨てるように、清苑は自室の花器、茶器、目に留める全てをことごとく壁に向かって投げつけた。

瞳に写る全てが憎かった。
違う、瞳に写る全てが幻であれば、と願っていたのだ。


“ハア…んッ、ふ…か、お…様”


「ウルサイッ!!!!婉蓉は…」


“清苑公子様”


“清苑様、御機嫌よう”



“清苑様如何致しましたか?”






「アレは私のモノだッ!」






誰もいない室に彼の言葉が木霊するように響き渡った。
だが、今までずっと胸に秘めていた想いの丈を口にした清苑は、呆然としていた。

空っぽになった身体は、どこか穴があいたようにも感じた。
ダランと四肢を投げ出し、室の真ん中にそっと天上を仰ぐように倒れ込む。

虚ろな瞳の視線の先にはもはや何も映されてはいない。
どんな時でも強さを帯びていた彼の瞳は今、ガラス玉の様に壊れんばかりに揺れていた。




「ふ、ふふふ、あーはッはッはっはッはッはッはッ、はははッ………」


ふと彼は静かに笑い声上げた。
どこか乾いた、そう、まるで自分を嘲笑うようなもの。


「何が私のモノ、だ……笑わせるッ
アレは、婉蓉は既に他の男のモノだと言うのに」


(藍雪那―いや花王、だったか…
彼女はあの男をそう呼んでいた

あの三つ子を見分けるほどにあの男を思っていると言うのか?
あんな表情を浮かべるほどに、私も、劉輝も見たこともないような……)


ポツリと一筋の涙が彼の瞳から零れ落ちた。
まるでたかが外れたように清苑の瞳から、涙は零れ落ちていった。


「何を泣く、紫清苑
たかが女官一人、宣旨を出せばすぐに手に入ると言うのに…
いったい何を泣くのだ?

紫清苑ともあろう者が…」


流れ落ちる涙を何度も拭いながら、彼は自分に問い詰めるように言った。
それでも彼の涙は止まらず、反対にどんどん溢れてきた。


「何を泣く、紫清苑…何、を……ッ!」


どれほど自分に言い聞かせようと、心は正直だった。


胸が痛い、苦しい、辛い、悲しい


溢れる感情をせき止める術を、彼は知らなかった。

彼女を手に入れることは簡単だった。
けれど、彼女の心はもう既に他の男のモノで、自分が容易く手に入れられるものではなかった。

分かっている。
分かっていたのに、それでも清苑は何度も涙を拭いながら自分に言い聞かせた。
だが、最早言葉を紡ぐことすら彼には出来なった。


「うッ…うう、ふッ…ッ!」


ただただ、溢れ出る涙を拭い、声を押し殺して泣くことしか彼には出来なかった。

言葉に尽くせない痛み、悲しみ、苦しみ。
多くの感情が彼の胸に湧き上がった。

この王宮で生きてゆく中で、とうの昔に捨て去ったと彼自身も信じて疑わなかった感情。
それが今、彼の中で渦を捲くように沸きあがっていた。

それすらも、今の彼には分からなかった。
ただどうしようもなく胸が苦しい。

流れる涙と共に、嗚咽を漏らすことしか、今の彼には出来なかった―。








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