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「おやすみ、劉輝…」


その夜、いつも通り弟を寝かしつけた清苑は庭園の前の回廊に一人佇んでいた。
脳裏に浮かぶのはその日の昼の出来事―。


(何故、もっときちんとした言葉を言えなかったのだろう…)


饒舌とは言いがたいが、清苑は口下手ではなかった。
思ったことはきちんとはっきりと、いや、はっきり過ぎるほど口にする。

それなのに、彼女に対してだけは出来なかった。


(婉蓉はまだ起きてるだろうか…)


夜も深まったとはいえ、まだ月も東の空で輝いている。
昼間の侘びをいれに行こう。
そう決心した清苑は、共を付けずに彼女の住まう籐香宮へと足を運んだ。


(昼間は済まなかった…本当に疲れていただけなんだ
女官とは言えど年頃の女人に触れるなど、と思って…

何を考えているんだ、私は…)


誰にも気付かれぬように足音を消しながら、清苑は思考を巡らせながら彼女に掛ける言葉を捜していた。
そして、あることを思いついてふと足を止めた。


(いっそのこと、この想いを告げてしまおうか…)


彼女は戸惑うだろうし、もしかしたらもう以前の様に話しかけてはくれないかもしれない。
それでも、自分でも制御しきれない程に募った恋心を告げてしまえばきっと楽になる。
それに―。


(仮に彼女が私を避けようとも、それは私を“男”として認識してのことだ…
それに私はもう、長くはここにいられない)


もう彼女と会えることもなくなる。
自身の身に迫っている今の状況を思うと、清苑の心はもう抑えることは出来なかった。


(もう二度と彼女に会えなくなるのならば、いっそ想いを告げた方が彼女の心にも私は残るだろう…)


決意を固めた清苑は、強い足取りで彼女の元へと向かった。
後宮の奥の、深く奥にある籐香宮。

父王が彼女為に下賜した宮。


 ドクン ドクン


高鳴る胸を必死に押えて清苑は向かう。
劉輝を迎えに行く為に何度も訪れた場所。

だが、彼女の宮への道のりは今までのソレとは比べ物にならないほど長く感じた。



荘厳な扉を前に清苑は立ち止まった。
この扉の向こうに愛しい少女がいるはずだった。

ゆっくりと震える手で扉を叩く。
けれど、返事は帰ってこなかった。


「いないのか?」


決心を帯びて訪れたと言うのに、肝心の彼女はいなかった。
仕方ないと踵を返した清苑の耳に話し声が聞こえて来た。


「誰か来ているのか?」


悪いと思いながらも、そっと宮の扉を開けて覗き込む。
夜目でよく見えないながらも、武術で鍛えた“瞳”で必死に中を見る。

そこには思いもよらない人物がいた。


「…藍、雪那……?」


中には、藍の衣を纏う麗しい青年がいた。
彼女を腕に抱きながら幸せそうに微笑んでいる。
そして、彼の腕に抱かれている彼女もまた、清苑が今まで見たことのない程嬉しそうに微笑んでいた。


『花王様…今日はいつまでご一緒できるのですか?』

「君が帰ってと口にするまで傍にいるよ」



幸せそうな恋人の言葉。
それはまごう事なきもの―。


「婉蓉…私の可愛い藤姫」


そう言って花王と呼ばれた青年は彼女に口付ける。
触れるだけの口付けが徐々に深くなり、彼女の甘い声が室に響き、清苑の耳にも届く。


“…んッ、ふ…か、お…様”


彼女の甘い吐息が耳から脳裏に突き刺さる。


誰だ、この女は―。
私はこんな女は知らない。

こんな風に、艶めいた声を上げる彼女を私は知らない。
これは、いったい誰だ―。


清苑は駆け出した。
自分が今見たものは幻なのだと、夢なのだと思いたくなった。

自分の知る彼女ではない、そう思いたくて、現実ではないと必死に自分に言い聞かせなら回廊を進んでいった。






気がつけば彼は自室に戻っていた。
いつもの自分の室だった。

けれど、不安に駆られ大きく脈打つ胸がいつもとは異なり、自分の瞳に映った光景が現なのだと思い知らされる。

自分が知らない間に、彼女は恋をしていて、そして―知らぬ間に“女”になっていた。
その事実が清苑の心を揺さぶり、今にも張り裂けんばかりに啼いていた。



To be continue...




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