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「…ッ、グス、ふえッ…」


庭園を散策していた婉蓉は、ふと子供の泣き声のようなものを聞き取った。
小さな小さな泣き声だが、嗚咽を帯びたソレは悲しみの詰まったもので、彼女は何故か無性に気になって探し始めた。

そして、庭園の低木の影で小さな幼子が、身を隠すようにして泣いているのを見つけた。
紫の衣を身に纏った二つ程の年の幼子に、彼女は直ぐに誰だか分かった。


『劉輝公子様…』


そっと優しく声を掛けると、劉輝と呼ばれた幼子はビクリと身体を強張らせ、オズオズと顔を上げた。


『劉輝公子様…この様な所にいらっしゃいますと、風邪をお召しになられますよ』


ニッコリと優しい笑みを携えながら婉蓉をものめずらしそうに劉輝は見つめる。
こんな風に自分に笑みを向けてくれるのはいないと思っていた劉輝は、不思議でたまらないといった表情で、食い入るように彼女に見入った。


「そ、そなたは?」

『婉蓉、と申し上げます』

「婉蓉…」


彼女の名前を覚えようと小さく復唱すると、目の前の婉蓉は嬉しそうに表情を綻ばせた。

その笑顔がとても優しくて、暖かくて、劉輝は嬉しくなった。
そして、まるで太陽の日差しのような明るい笑顔を彼女に向けた。


『劉輝様…暖かいお茶を御用意致しますから、婉蓉とお茶会をして下さいますか?』


衣が汚れてしまう事など気にも留めず、膝を突いて劉輝を見上げる。
自分を見下ろす人間いても、見上げてくれる人は今までいなかった。

こんな風に膝を突いて自分と視線を合わせてくれる人は初めてだった。
そして、こんな風に暖かな微笑を向けてくれる人も初めてだった。

幼い劉輝にそれを理解する術は持ち合わせていなかったが、この人は今までの人とは違う、そう悟った劉輝は嬉しそうの婉蓉の誘いを受け入れた。


これが後の王となる紫劉輝と婉蓉の初の邂逅あった。
この時、紫劉輝二歳、婉蓉九歳。


季節は年の暮れの、寒い寒い冬の日――。










『まあ、劉輝様こちらにいらっしゃったのですか?こんなにお冷えになって…』


あの出会いから、婉蓉は事ある毎に劉輝を探しては茶会に誘った。
第三、第四公子にいじめられている劉輝を見つけると、二人の乱暴も袖に交わして彼を連れ去った。

そんな彼女に、幼い劉輝はまるでアヒルの雛の様に後ろを付き纏った。
公子である劉輝が女官の後ろを歩くなど、と本来ならば許されるはず等ないが、後宮の誰もが気にも留めない公子の事に誰かが諫言することはなかった。




「婉蓉、清苑兄上のお仕事はいつ終わるのだろうか」


婉蓉と出会って後、二月もしないうちに劉輝は清苑と出会った。
彼もまた、劉輝に優しく暖かな心で接したため、劉輝は清苑にもよく懐いた。

こうして茶会をしているのも、実は婉蓉が清苑を待つ劉輝が一人にならずに済むようにとの考慮でもある。


『もう暫くすれば終わられますよ
それまで、良い子で兄上をお待ちになりましょうね』


大人しい劉輝が室で暴れるはずもないのだが、今は庭園の四阿での茶会であるため、憂さ晴らしに劉輝に乱暴を働こうとする公子たちに見つからないようにする為であった。

本当ならば、婉蓉の住まう藤香宮にいればよいのだが、天気がよい為劉輝が外で茶を飲みたいと言ったからだ。
公子たちに見つかるから、と言えば劉輝は直ぐに中でいい、言うだろう。

だが、いつも自分からこれがいいといった自己主張をしない劉輝が珍しく露にしたことを無碍にするわけにはいかない。
故に、彼女は劉輝の言葉に従った。


――グウゥ〜…


穏やかな空気を引き裂くように気の抜けたような音が響いた。
何の音なのか一瞬理解できなかった婉蓉はコテンと首を傾げ劉輝に視線を向けると、劉輝は恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。


『劉輝様?』


名を呼ばれた劉輝は必死にお腹の音を抑えようと腕を回しているが、聞こえててしまうものは聞こえるのだ。

母にも女官にも省みられない末の公子。
食事を抜かれてもおかしくはない程、彼の待遇は酷かった。








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