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『旺季様』


後宮のはずれから内朝にかけて見回りも兼ねて散策に足を運んでいると、丁度話の種でもある婉蓉に声を掛けられた。

王から下賜された藤の衣を纏い、同時に与えられた藤の簪を髪に飾っている。

これまで、女官見習いとして最低限の装飾品しか身に付けていなかったが、今回の授与で女官として正式に着任したこともあってのことだろう。


「婉蓉か…よく似合っている」


そっと目を細めて、近しい人が見れば微笑んでいるとわかる様に口元を綻ばせていった。
滅多に他人を褒めたりしない彼の賛辞に、婉蓉は嬉しそうに笑った。


「身の回りに何か変わったことはあるか?」


藤の衣の下賜によって周囲の見る目が変わり、彼女の身辺が慌しくなるのは目に見えていた。
それでも、王はこれから彼女の身に降りかかる危険を遮るためにも、下賜を行った。

百花が集う後宮においても、彼女の美貌は幼いながらにも目を引くものがあった。
今はまだいい。
幼少ともいえる歳だ。


しかし、あと五年もすればそうも言ってはいられなくなる。
事実、既に清苑公子を始めとする太子や第三公子は彼女に目をかけている。

特に清苑の事が知られれば、第一妾妃が黙っていないだろう。

太子に王位を継がせたいと執着している彼女にとって、清苑が特別視する女官がいると知られれば一番に婉蓉を引き込むだろう。

けれど女官としての矜持と誇りを誰よりも重んじる彼女は、決して第一妾妃の要望には応じない。
そうなれば彼女の危険は一層増す。

未然に事を防ぐこともまた御史大夫の役目と心得る旺季にとって、彼女の事は人事では済まされない。


「これから身辺が慌しくなるだろう…

しっかりと気を付けなさい
何か不振なことがあれば皇毅を頼りなさい」


言葉は冷たいが、声音はどこか優しいものだった。
こういうさりげない優しさが婉蓉が旺季を慕う一番の理由でもある。


『お心遣いありがたくお受けいたします
旺季様も御身体には十二分にお気をつけ下さいませ』


ゆっくりとした優雅な拝礼をして、最後にもう一度花のような微笑を浮かべて彼女は静々と後宮の奥へと戻っていった。
下賜と共に与えられた籐香宮へ―。









(聡い娘だ…これから起こるであろう動乱に感づいていながらも下賜を受けるとは…
血は争えん、と言ったところか)


彼女の兄を思い出しながら、旺季はポツリと胸中で呟いた。
いづれ国試を受けるだろう兄の受験費用や勉学に必要な費用を稼ぐために、五つで後宮に入った少女。

何もいらない、兄妹二人で穏やかに過ごそう。
そう諭し続けた兄を振り切って入宮したのはつい二年前のこと。

下らぬ虐げや彼女の美貌と才に、妬み嫉む女官も多くいた。
そんな女官にも頭を垂れて接し、敬い、従い続けてきた。

本来ならば、後宮に住まいその女官達に礼を尽くされる側あったはずなのに…。
哀れな娘、もう一度そう心の中で呟くと、踵を返して長官室へと戻っていった。


もう後戻りは出来ない、と娘の様に思っていた少女の未来を憂いながら。



To be continue...




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