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(本当に、本当に愛していたんだ…)


降り積もる雪を軒の窓から見つめながら、花王はポツリと胸中で呟いた。

彼女と出会ってから半年―。
本当に短い間だった。

瞬く間に過ぎていった愛しい日々を思い返しながら、花王はもう二度と愛しい少女と会うことがないと覚った。


(最初は、軽はずみな気持ちだったんだ…
噂の琵琶姫がどんな少女なのか知りたくたくて、ただそれだけだった

けれど、彼女を知る度に心は彼女を求めていって……
気付いた頃には、もう愛してしまってた)


彼女がくれた腰紐をそっと胸の袷から取り出してた。
彼女と初めて過ごした夜の朝に、彼女がそっと差し出してくれたもの。

それにそっと口付けを落とし、花王は瞳を閉じて祈った。


――どうか彼女の涙が一日も早く止まりますように


そう胸中で呟いて、花王は鼻で笑った。


(嘘つきめ、本当は泣いて欲しいくせに…

ぼくを思って永遠と泣き続ければ、それで自分を忘れないなら、婉蓉の心に自分だけがいればいい―
そう思っているくせに…)


自嘲な笑みを溢して、花王はこれから迎える藍家の波乱を振りぬける為に、表情を引き締めた。
もう、過去は振り返らない。
けれど、藤の花の咲く頃だけは、彼女を思おう、そう決意した。





大切でした

愛していました

どうか、どうか、幸せになって下さい

そしていつの日か、あの場所で笑って会えます様に…











藤の花をボーっと眺め続けていた婉蓉は、ふと自分が泣いていることに気がついた。
もう何年も、彼を思って泣くことをしなかったのに…。

理由はわかっていた。
なぜなら、思い出してしまえば、きっとその悲しみに耐え切れなくなってしまうから―。

だから、ずっと思い出さないようにしていた。
藤の花が咲く頃になると、必死に庭園から瞳を反らして、そればかりだった。


(いつまでも、引きずる分けにはいきませんものね…)


婉蓉はふわりと笑みを浮かべた。
辛いけれど、もうあの頃の様に“藍”を嫌うこともなくなった。

けれども、彼の人の弟の顔を見ると、心が波打つ。
それは、まだ自分が“彼の人”に囚われている証拠―。


(…花王様…)


胸にしまった彼の腰紐をそっと衣越しに抑える。
そうすれば、初めて彼に抱かれた夜のことが、今でも鮮明に思い出される。

優しくて、でも激しくて、彼の心を鏡の様に表してくれたあの夜の日々。

その思いを胸に、彼女は今日も仮面をつける。
硬質の女官とも、美貌の才媛とも謳われる仮面。


彼が教えてくれた生き抜く方法。


頬を伝う涙を拭い、彼女はいつもの毅然とした態度で回廊を進んだ。
自分を待ち続けている、主の下へ。

彼女の仮面を外す者は、未だ現れない。
藤はまだ、牡丹を思い続けていた―。



End...




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