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―清苑公子が流罪となった―


その年の冬のはじめ、その訃報は婉蓉の耳にも届いた。
公子一優秀と謳われ公子が茶州へと流罪となり、王位争いは一先ず落ち着きを取り戻すだろう。

だが、流罪となった清苑への心配よりも、その清苑に頼まれた残された劉輝公子のことよりも、愛する男の動向に婉蓉の頭はいっぱいだった。

会える日が少なくなり、たとえ会えたとしても溜め息を溢す日が多くなった。
その姿に気付きながらも、知らぬフリをし続けてきた。

けれど、それももう限界かもしれない。
別れの日が現実となってゆく―。



「婉蓉、兄上は私をお嫌いになられたのだろうか?」


自身の寝室で、ふえふえとしゃくりながら泣き続ける公子の問いに、婉蓉はぎゅと心が締め付けられるようだった。

何日経っても清苑は劉輝を訪れることはない。
何故なら彼は今夜、誰にも知られることなくひっそりと母・鈴蘭と共に流罪先である茶州へと流されたのだから―。


『大丈夫ですわ、今は御逢いできなくとも、きっと清苑様は劉輝様に会いに来てくださいます、だから―』


泣かないで下さいませ、という言葉にも、劉輝は安心出来ずに涙を流し続けた。
劉輝が好んでくれた自分の琵琶を奏でながら、せめて夢の中では清苑に会えるようにと婉蓉は祈り続けた。


(何年掛かっても構いません、清苑様、必ず劉輝様のもとへお戻りくださいませ…)


泣きつかれ眠りへと誘われた劉輝の髪を撫でながら、婉蓉はそっと心中で願った。
自分と同じように、ただ兄の愛だけを頼りに生きてきたこの公子を、婉蓉は人事の様には思えなかった。


“お兄様、今日はどんなお話を聞かせて下さるのですか?”


厳しい侍女によるつらい勉強の時間が終われば、まるで待っていたのかのように兄の下へと翔けて行った。
柔らかな笑みを向けてくれる優しい兄が、婉蓉の支えだった。

もう何年も兄と会ってない。

寂しいと思っていた。
その寂しさを埋めてくれたのが花王だった。

けれど、その花王との別れがもう直ぐそこにあった―。








次の日の早朝、婉蓉の元に花王から文が届けられた
内容は唯一言。


――会いたい

場所は言わずもがな、二人の約束の場所―藤の花の下―。



早く会いたくて、少しでも長く一緒にいたくて、婉蓉はもどかしさに駆られながら藤の木のもとへ急いだ。
息を乱しながら約束の場所へ着けば、そこには既に愛しい人が待っていた。


「おはよう、婉蓉」


いつもと変わらない、優しい笑みを携えて花王は迎えてくれた。
けれど、その瞳はどこか悲しげだった。


(ああ、もう、今日が最後なのね…)


そう思うと、涙が自然と零れてきた。
もっと一緒にいたい、もっといろんな事を話したい、もっと抱きしめて欲しい、もっと口付けて欲しい、もっと、もっと―。


『もう、御逢いできないのですか?』


瞳からポロポロト涙を溢しながら、縋りつくようにして花王に問うた。
その痛々しい姿から目を背けるように、花王はフイッと背を向けた。


“三つ子”だから。
誰も“ぼく”を見つめてはくれない。

そう思っていたのに、婉蓉は違った。

他の二人とも遭遇したことなど何度もあったにも関わらず、決して花王とは間違えなかった。


“今日、他の御二方と御逢いしましたよ
本当によく似ていらっしゃるんですね”

“花王様が一番素敵です”

“妾が雪様や月様を、花王様と間違えると思っているのですか?
そんなこと絶対にありません
他の御二方を間違えても、花王様だけは絶対に間違えたりいたしません”



微笑みながら、頬を染めながら、少しだけ拗ねながら。
婉蓉が向けた言葉に、花王がどれほど喜んでいたのか彼女は知らない。


“花ではない”

そう見分けてくれる存在がいてくれることが、どれほどの喜びなのか彼女は知らない。
震えるあがる程の喜びを、婉蓉は自分に教えてくれた。

それなのに、自分はその彼女を傷付け、そして置いていかなければならない。
自分だけが幸せになるなんて出来ない。


 ――だから、ぼくは君を突き放す








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