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『今日は随分と上の空ね』


ゆっくりと身体を起こして馬乗りになり、頬を掌で包み込んで顔を覗き込む。
先程からずっと身体は反応していても心は何の反応も示していない彼に、薔嬌は少しばかりムッとした表情を浮かべていた。

珍しい表情に、清雅はフと哂った。
こんは風に表情を歪める薔嬌を始めてみたからか、それともただ単に己の過去への終着ぶりに笑みを堪えられなかったのか。


「少しだけ…昔を思い出していただけだ」


思いの他、ポロリと正直な答えが零れてきた。
言う筈もなかったつもりなのに、何故か彼女を相手にすると素直に反応を示してしまう。

思えば、初めて会ったときから彼女には本音を曝け出していた様にも感じる。
仮面で塗りたくった己の素面を曝け出し、ただの男――いや、ただの少年となって彼女と接していた。


『こんな時に思い浮かべるとは…余程心を許した女人でしょうな』


ニヤリと紅の取れた唇が艶やかに笑った。
女と言っていないのに、何故?――という清雅の表情がそうさせた。


『大方、あなたを女嫌いにさせた相手の事でしょう?』


チュ、チュ、と耳元から首筋に口付けを落としながら囁いていく。
薄っすらと浮ぶ紅い華が、清雅の白い肌に艶を増して、一層身体の熱をあげていく。

それはまるで、彼の心に巣食う“女の影”を払拭している様にも思えた。


『過去の女に囚われているようでは……まだまだね』


そう言って、何を問うわけでもなく彼の身体に又一つと紅い華を散らしていった。
今度は容赦なく、毒々しいまでの紅い華を――。





「ッあ、あ…はぁ…ッん…」


桂児の身体を覚束ない手付きで愛撫し、ゆっくりと身体を繋げていけば自然と声が漏れていく。
ねっとりと絡みつく膣内(なか)は、初めて女を抱く清雅を高ぶらせていくには十分すぎて、清雅はまるで少女の様に声を上げていく。

ク、と腰を打ち付ければ、うねうねと清雅の性器を奥へと手繰り寄せ、桂児の白魚の様な手が少年の体躯を這う。

グッと閉じられた瞼に、うっすらと滲む涙。
それをそっと指で払う桂児は、ニヤリと笑った。

その表情を、瞳を閉じている清雅には分からない。
今までの彼女とははっきりと異なる表情は、まるで掛かった獲物を見て哂う毒婦の様にも見えた。


「好きよ……清雅」


そっと耳元で囁く彼女に、清雅は快楽という名の奈落へと堕ちていく。
それが愛情を伴っていると感じているのは、彼だけ――。





嫌な事を思い出した、と清雅は眉間に皺を寄せる。
今になって思えば、完全に彼女の手に落ちていたのだと分かる。

どうしてこんなにも己は愚かなのだと思った。
少年だったのだと言えば許されるかもしれない。

けれど、矜持の高い彼の心をズタズタに傷付けた彼女は、彼にとって最も許せない存在であり、同時にずっと心の奥底に残り続ける存在ともなった。


『清雅…今日のあなた、変よ?』


身体を重ねるようになってから初めての状況に、今日ばかりは薔嬌は何をしても無理だと思った。
どれ程身体を愛撫しても、身体を繋げても、身体ばかりが反応するだけ。

仕方ないとばかりに視線で促せば、ポツリポツリと清雅は呟いた。


「俺が初めて抱いた女は……俺の許婚だった」


苦言に満ちた表情で囁かれるのとは裏腹に、薔嬌は何の表情も変えない。
ただそのままを聞いていた。


「俺の又従姉妹だったその女は…お前に良く似ていた」


その瞬間、ツと薔嬌の瞳が細められた。
己と似ていると言われれば、彼女が反応しない筈もない。

どこが似ている、とは言えない。
けれど、こうして彼女と身体を重ねる様になってから、捨て去ったはずの記憶が呼び戻されてくる。

今日の様に、終始上の空になったのは、きっと彼女が己の前から姿を消し去った日が近づいているから。


王位争いの最後の局面、最後まで残った太子に欲を見た桂児の父親は、彼女を太子の妃にしようと目論んだ。

その話を聞いた桂児は、太子の後宮へ入ると言って、それまで清雅に対して誠実だった態度を改めた。
憎しみに表情を歪める清雅は、必ずや彼女を己の手で叩き潰して見せると決めた。

その日は、今日の様な薄暗い雲に覆われた日だった。


資陰制で入朝した直後、太子も最後は共倒れとなり、後宮入りした彼女も流罪となったと聞いた。
彼女の流罪を己が求刑出来なかったのが心残りでたまらない。

結局、彼の心の澱みが拭われる事はなかった。
四年が過ぎた今でも――。








 


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