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「婉蓉殿がいらっしゃらないのがそんなに気になるかい?」
「ッ!!」
その瞬間、絳攸の顔が紅く染まる。
パクパクと口を金魚の様に開閉させ、ワナワナと振るえている。
そんな絳攸の正直な反応に、楸瑛はクスリと口元を緩めた。
側近二人の様子に、劉輝は初めて婉蓉がいないことに気が付いた。
「婉蓉はどうしたのだ…やはり仕事が忙しいのか?」
劉輝の言葉に、二人の筆頭女官―珠翠と月影―は驚いた様に互いの顔を見合わせた。
「婉蓉様は午後より外出なされました
ご存じないのでございますか?」
「何をだ?」
コテンと首を傾げながら問うと、月影の眉間に皺がよった。
珠翠もまた同様に表情にこそ表さなかったが、瞳が苛立ちに染まった。
「婉蓉殿はどちらに行かれたのですか?」
しん、と沈黙が走った。
珠翠に尋ねた筈だったが、彼の素行を快く思っていない珠翠は楸瑛と言葉を交わす事すら嫌らしい。
婉蓉が女官長に就任してからは後宮通いをパッタリとやめたのだが、夏に彼女が宿下がりした後から見計らったかのようにまた後宮通いを始めたのだ。
そして、婉蓉が戻ってきてからはなりを潜める様に通う日数は激減したが、それでも彼の素行は止まなかった。
珠翠が再三注意しても彼は反省する所か、珠翠を口説く始末。
後宮に潜む害虫やボウフラと称し、毛嫌いしていたのだ。
「宗正寺でございます」
変わりに答えるように月影が告げた。
空笑い交じりに、宗正寺、と口ずさむ。
なんだってそんな所に、と思った。
宗正寺は王家に纏わる人間の陵墓や廟が祭られている所。
紫州内にあるが王宮からは少し距離がある為、行って帰って来るまで半日以上かかる。
女官長とは言え、彼女が行くような場所ではない。
楸瑛と絳攸の脳裏に疑問が浮かんだ。
「宗正寺…?」
劉輝は素っ頓狂な声で言った。
今の時期に何故?としか言いようがなかった。
だが、数拍後に劉輝の脳裏を“ある事”が過ぎり、みるみるうちに蒼褪めていった。
―ガシャンッ―
手のしていた茶器が、劉輝の手からスルリと抜け、床に落ちていった。
続いていつもの如く絳攸の罵声が室に響き渡る。
「この…バカ王がッ!!何やって、るん、だ……おい、どうした?」
いつも通り、すまぬッ絳攸、という反応が返って来ると思っていた。
だが思っていた反応は返ってこなかった。
「しゅ、主上…どうされまし――」
不振に思った楸瑛も同じように顔を覗き込み、言葉に詰まった。
覗き込んだ劉輝の顔はまるで精気を失くした様に色を失っていた。
色のない蒼褪めた表情で、劉輝はただただ驚き、呆然としていた。
To be continue...
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