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夕陽が沈み、空に星が瞬く中、王宮のある一室には未だ蝋燭の火がが所狭しと揺れていた。
その一室の中央にはこれまた所狭しと書簡が重ねられ、山を築いている。


「疲れたのだ〜」


執務机に身体を預けるようになだれ込む。
その姿を見かねた臣下は、だらしない、と一括する。

彼がうつ伏せになった振動で、机に並々と積まれた書簡が揺れた。
それを慌てて押さえ、安堵の息を吐く。

見渡す限りの書簡の山。
朝早くから政務に励んだが、それでも山はなくならない。

どっと疲れが押し寄せてきた。


「絳攸〜余は疲れたのだ…」


涙まじりに瞳を潤ませながら懇願してくる劉輝に、絳攸はグッと唸った。

パタパタと尻尾を振る。
亜麻色の髪から犬耳が覗き、シュンと項垂れている。


はっきり言って幻覚なのだが、何故か目に見えてしまう。
傍から見れば、捨てられた子犬が拾って、言わんばかりに青年に懇願の視線を向けているのだ。

それをじっと眺めていたもう一人の臣下、楸瑛はクスリと口元を緩めた。


(何と言うか、飼い主と子犬って感じだねえ…)


どこかの女官様に言えば同じ様に同意してくれるだろう。
この二人の場面を、彼女もまた多く目に見てきたのだから。


「楸瑛〜余はお腹が空いたのだ…」


今度は楸瑛に助けを求めんと懇願する。
絳攸を宥めるのはいつだって彼の役目であったから。

仕方ないと肩を上下に揺らす。
こういう所が可愛いなと思えてならない。
本人には言えないが―。


「夕餉もとっていませんからね…絳攸、少し休憩しよう
余り根を詰め過ぎても、集中力は持続しないからね」


苦笑交じりにそう言えば、絳攸はフンと華を鳴らしながら渋々と楸瑛の要求を呑んだ。





丁度そのとき、コンコンと執務室の扉が叩かれた。
誰だろうと思いつつも、入れ、と入室を促せば、月影と珠翠が食器を両腕に抱えながら入ってきた。


「お疲れだと思いましたので、軽い食事をお持ち致しました」


月影の言葉に、劉輝は嬉しそうに表情を変えた。
丁度よかったのだ言いながらと机上を片付け、臣下の二人に椅子を持ってこさせる。





コポコポと心地よい音共に、香り高い茶の香りが室に蔓延する。
差し出された茶を口に含むと、身体中に温かさが染み渡った。


 ――いつもの茶とは違う


絳攸は思った。
煎れる人が異なるのだから仕方がない。

分かっていつつも、あの濃厚で、けれど口当たりの好い芳しい香りの茶が恋しい。
彼が想いを寄せるかの佳人が煎れてくれるお茶とは、やはり違った。


そう言えば、と彼はその彼女がいないことに気が付いた。
いつもは彼女が茶や菓子の差し入れをしてくれていたのに、今日に限って彼女ではなく彼女の部下が訪れたのだ。

女官長の仕事が忙しいのだろうと思ったが、それでもやはり気になる。

ソワソワと身体を揺さぶらせ、二人の筆頭女官に何度も視線を向ける絳攸に、楸瑛はフと笑みを漏らした。






 

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