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昼を過ぎた後、婉蓉は二人の筆頭女官を呼び出した。

珠翠と月影。
年は異なれど、この後宮にて仕える女官の中では特に美しい二人。

絶世と謳われた婉蓉とまではゆかないが、それでも見惚れる程の美貌を持つ二人が彼女の前に跪拝するその様は、溜め息が零れんばかりの壮観である。


『今日は、大事な話があり呼び出しました』

「「大事な話?」」


二人は神妙な面持ちで告げた彼女の言葉に、続けるように呟いた。

彼女が自分たちを同時に呼び出すという事。
今までなかったことに月影はもしやと、ある事が頭に浮かんだ。


『妾はそう遠くない内に後宮を辞します』

「婉蓉様ッ!」


驚きに声を上げる珠翠。
それとは正反対に、月影は至極落ち着いた面持ちで婉蓉を見つめていた。


(やはり…)


心の内で、月影は静かに囁いた。

彼女は前々からそう告げていた。
女官長の地位を賜ってからは、特にその傾向が顕著に覗かれた。


以前の様に王の傍近くに侍る事がなくなり、少しずつだが王と距離を保とうとしていた。
紅貴妃が来てからはその傾向が顕著に現れてきた。

そしてそれは、紅貴妃が後宮を辞してからも変わることはなかった。


「それは、いつ頃なのでございますか?」


月影の問いに婉蓉は笑みを浮かべた。

彼女のこういう冷静さが、婉蓉には好ましかった。
だから筆頭女官に据えた。

彼女ならば、私情に流される事なく王に仕え、賢明な判断を下してくれる。
彼女こそ、次代の女官長に相応しい。


今は未だ若いため、女官長には出来ない。
だがあと五年もすれば、自分などよりもずっと素晴らしい女官長になってくれる。

劉輝の為ではなく、王の為の女官長に―。


『春が過ぎた頃、でしょうか…』


そっと瞳を閉じて呟いた。
下げた睫毛の影が、一層彼女の美しさをさめざめと際立たせた。


「では、あと数ヶ月は御仕えする事が出来るのですね」


嬉しそうに表情を綻ばせて言った。

月影は婉蓉以上に表情を変えない女官。
婉蓉をして、硬質の女官と謂わしめるほどに―。

その彼女が、眩いばかりに美しく微笑んでいた。


『そうね…あと数ヶ月は、あなたと共に御仕え出来るわ』


笑みを向け合いながら、言葉失くして二人は視線のみで語り合った。

そこには何ものにも喩え難い、二人の絆の強さが珠翠には感じられた。
珠翠は二人の間に何があるのかは知らない。

けれど、婉蓉が自分よりも月影を好んでいる事は承知していた。
自分は霄太師の命とは言え、一度は王を裏切った。

だから納得していた。


だがそれ以前から、婉蓉は自分を警戒していたのは察していた。
自分に向けられる視線が射殺さんばかりに鋭い事も―。

自分はどこにいても爪弾きにされるという事に、どこか寂しさを抱いた。


『珠翠は縹姓故に女官長には就けません
ですから、次代の女官長はあなたが継ぐのです、月影』

「はい」


しっかりとした返答を告げ、続いてゆっくりと月影は跪拝した。

それは今まで劉輝に仕え、女官長としてあの春の出来事を一人で乗り切り、後宮を纏め上げた彼女に対する精一杯の敬意の表れだった。


『珠翠、異存はありませんね?』


コクリと珠翠は頷いた。

縹姓であるが故に、珠翠は女官長には就く事は出来ない。
それは縹家が政(まつりごと)に関わらない事をを鉄則としてるからだった。

後宮は王の後継者を生み出す女の園。

だが同時に、女の朝廷とも言える場所でもあった。
そこに縹家が介入すれば厄介な事が起こる。


人は神力や術に従うのではない。

人は人の心に、志に、誇りに従うもの―。


だからこそ縹家は仙洞省にて妃の選定を行い、その後は後宮に任せていた。






 

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