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“花王様、花王様、起きて下さいませ……もう、朝でございますよ”


微睡みの中で聞こえてくるのは、柔らかな声。
そう、愛して止まない、愛しい人の声。


“ああ、婉蓉…君なのかい?
本当に、君なのかい?”

“はい、妾でございます
もう朝陽が…花王様、起きて下さいませ”



愛しい人の声に誘われるように、花は目を覚ました。

けれど、目を覚ました彼の隣に、愛しい人はいなかった。
あるのは、ひんやりとした寝台の感触。
伸ばされた手が、虚を掴む。


「馬鹿だな……私も」


自嘲の笑みが零れた。
夢に見るなんて。
そう自分自身を笑わずにはいられなかった。

だが、すぐに笑みは消えて、自分の心の正直さに喜びを噛み締める。


 ――婉蓉、今日も愛してるよ


何度口にしても、想いは尽きなかった。
想いは積もり積もって、寂しい自分に泡沫の夢を見せてくれた。

会えない人を、せめて夢だけでも―。


そう言えば、と花は思い出した。
彼女が好んだ外つの国の、ある島国の文化に、和歌、というものがあったと。

思いの丈を和歌に認(したた)め、幾人もの人が和歌を詠んだ。
今の自分と同じように、会えない愛しい人を想って、その想いのあまり夢にまで見た和歌があった。


「思いつつ…」


記憶の奥にある、ソレを手繰り寄せるように花は呟いた。
ポツリポツリと紡がれる和歌は、異国のもので、聞き馴染みのない語調だった。

それでも、流れるように美しいその和歌の語調に魅せられて、嘗て二人で言葉遊びとしてよく詠ったもの。
その一つが、彼の脳裏を過ぎった。



思いつつ寝ればや人の見えつらむ


夢と知りせば覚めざらましを




(あの人の事を想いながら眠ったからなのか、夢にあの人が現れてくれた
夢と知っていたのならば、覚めないでいたというのに)










彼女の朝は早い。
後宮において、彼女は誰よりも高位の地位にあった。

だが、その地位に溺れることなく、彼女は初めの頃となんら変わらぬ刻に目を覚ます。
そして、それは今日も同じだった。


『よく積もりましたわね…』


窓越しに見える一面の雪景色に、ポツリと婉蓉は呟いた。

雪の振る夜になると、いつも自分は気落ちしてしまう。
その雪景色を見るにつけて、あの日の朝を思い出してしまうから。


『劉輝様はきちんとお休みになられたのかしら?』


先に休むと言ってしまった為に、雪の日であるが為に、昨夜は彼を待たなかった。
悪いとは思いつつも、やはり心は正直で―。

ふと彼女は視線を落とした。
昨夜、夜着を裏返しにして眠っていた事に今になって気が付いたのだ。

クスリ、と笑みが零れた。
続いて、ある事が彼女の脳裏を過ぎった。


(そう言えば、かの国には不思議な言い伝えがありましたわね…)


夜の衣を裏返して眠ると、恋しい人の夢を見れる―。

嘗てかの人と共に、かの国の和歌を言葉遊びとして詠った時に知った事。
当時は素敵だな、と思いつつも、自分とは縁のないものだとしていた。

けれど、今になって思う。
もう少し信じていればよかった、と―。


『所詮はまじない、というものは信じるものにしか通用しないのね…』


自嘲の笑みが零れ落ちた。
続いて、ポツリと彼女は詠い始めた。


『いとせめて…』


そっと小さな囁きが室に広がった。
記憶の彼方にある、忘れ去ったモノの中にあるソレを、思い出すようにゆっくりと紡ぐ。

流れる語調が美しく、二人でよく遊んだ。
聞き馴染みがない語調だけれど、やはり美しいものは美しい。

そう言って、二人で上の句と下の句を詠い合った。




いとせめて恋しきときはむばたまの

 
夜の衣を返してぞ着る





(どうしようもなくかの人が恋しいときは、夜の衣を返して着て眠る
そうすれば、せめて夢だけでも会えるかもしれないから)


To be continue...


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