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『主上にはお帰りになられたら、妾は先に休ませて頂きます、とお伝えなさい』


きっぱりとそう告げると、手にしていた見舞いの品を月影に押し付けると、婉蓉は宮へと戻った。

こういう雪の日は、早く寝るのに限る。
昔から彼女の教訓だった。


『十四年、か…』


何がとは口にしなかった。
心のままに紡いだ言葉は、彼女の心を正直に表していた。

雪の振る夜。
決まって彼女は“あの時”の事を思い出してしまう。

――もう吹っ切れたのだから。

そう心に言い聞かせても、やはり心と言うものは正直だった。
皇毅に求愛され、奇人に想いを寄せられ。
去年は色々な事が一変した。


『今年はどんな年になるのでしょうね』


小さな囁きもそぞろに、婉蓉はそっと寝台の中で丸くなった。
雪の降る夜は、不思議と人肌恋しくなるもの。
けれど、今の自分には不要なもの。


何より求めているのは、人肌ではなく、ただ一人のかの人―。

こういう事も、今後は一人で乗り越えなければならない。
そう自分に言い聞かせ、婉蓉はゆっくりと微睡みの中に落ちていった。

裏返しにされた衣が、彼女の心を何よりも表していた―。










 藍州州都玉龍、湖海城


一人の青年がそっと夜空を見上げていた。
藍の衣を纏い、麗しい顔(かんばせ)はガラス玉の様に感情を失くしていた。


寒い寒い冬の、雪の降り積もる夜。
こんな日に遅くまで外にいれば、いかに屈強な男であろうとも体調を崩すと解かっていながら、青年は屋敷の中に戻ろうとはしなかった。


「十四年、か…」


ポツリと青年は囁いた。
凍えた身体から零れ落ちた言葉は、寒さによる感想からか、擦れたものだった。

青年は掌にあるモノを握り締めた。
そして、ゆっくりと掌を広げ、あるモノに視線を落とした。

藤紫の腰紐――女物の。

かつて、愛する少女が夜を共にした翌日の朝にくれたもの。
再会の約束の品。


“遠い外つの、ある島国では、逢瀬を交わした男女が、再会の約束をした証に装飾品を交換する、と言い伝えられております

妾はこの腰紐を約束の証として、花王様に御渡し致します
必ず、次の逢瀬の時までお持ち下さいませね……約束ですわ”



自分の手で“女”に変えた愛する少女が、零れんばかりの愛嬌を携えて自分に渡してくれたモノ。
ならば―と、自分も同じように腰紐を彼女に手渡した。

傍にいれない時、会えない時も、これ自分だと思って肌身離さず持っていて欲しい。
そう願って―。

当時、三つ子の自分たちの纏う衣の中で唯一異なる腰紐を彼女に手渡した。
自分が“花”で、彼女のとっての“花王”である証として―。


「私も、未練がましい男だ……」


ふと自嘲の笑みが零れる。
今更思ったところで、この想いが彼女に届くはずもない。

十四年が過ぎた。
少女だった彼女は、今は妙齢の女人へと成長している。


(さぞ、美しくなったに違いない)


初めて出会った時から、美しい少女だと思っていた。
けれどきっと、今の彼女はもっと美しくなっているだろうと想像に容易かった。

目を瞑れば今も脳裏に浮かぶ。


 流れる様な漆黒の髪

 雪花の如く白き柔肌

 橙がかった赤褐色の瞳

 蓮の花弁の如き瑞々しい唇

 ほっそりとした柔らかな肢体


今でも手に残る愛しい人の温もりが、青年の心を慰め、時に残酷に傷つけた。


忘れようとも思った。

けれど忘れられなかった。

忘れられるはずもなかった。

どうして忘れる事が出来ようか。


今でも愛してやまない、愛しい人―。






 

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