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「大変なのだ婉蓉!」


いつもより遅い夕餉を済ました婉蓉の元に、涙を流さんとばかりの劉輝が現れた。
いつも双花の片割れに蔑ろにされつつある劉輝に、また何か言われたのか、と特に慌てる事もせずに、飄々と迎え入れた。


『如何致しましたか?』


差し出した茶にも手をつけず、劉輝はズイと顔を近づけて来た。

こういう時の劉輝は、決まって何かを企んでいる。
それを今までの経験から悟った婉蓉は、小さな溜め息を吐いた。

今度は何ですか、という言葉と共に―。


「しゅ、秀麗が風邪を引いて寝込んだと言うのだ!」


力一杯拳を握り締めて告げた言葉に、彼女はまたも溜め息をついた。


『それで?劉輝様は如何したいのでございますか?』

「見舞いに、行きたいのだ…」


先程とは打って変わって、力なく紡がれた言葉。


「だめか?」


婉蓉の顔色を伺う様にして上目に問えば、グッと彼女は唸った。

捨てられた子犬の様な表情。
劉輝は頼みごとをする時、決まってこういう表情をする。

王なのだから、と言えば、劉輝は城から出ようなどとはしまい。
だが、彼が愛する少女の為に何かしたい、という心を思うと少しだけ心が揺らいだ。


(…ここの所、ずっと女人受験で頑張って折られましたしね)


夏に可決された法案の事で、ずっと彼が根をつめて頑張っていた事は知っていた。
ご褒美、とはいかないが、ある程度は許してもいいのではないか、という甘い考えが彼女の脳裏を過ぎった。


「婉蓉も、秀麗の事は気に入っていただろう?
心配だろう?余、余も心配だ!だから……」


何とかして彼女の許しを貰おうと、劉輝は必死だった。
この事が二人の筆頭女官に知られれば必ず止められる。

だが、婉蓉ならば。
淡い期待を抱きながら、劉輝は猶も彼女に願い続けた。

秀麗が官吏になれば、以前の様に軽々しく話しかける事も夜這いも出来なくなる。
だから、せめて今だけは…。

頭に浮かぶ説得の言葉を次々に並べ、最終的に劉輝は拝み倒した。


『仕方ありませんわね…では、軒を用意いたしましょう
お忍びとは言え、王が供も付けずに外出するなど言語道断です』


――何か滋養のある食べ物と見舞いの品も用意いたしましょう。

続けて言われた言葉に、劉輝は嬉しそうに顔を綻ばせた。
なんだかんだ言いつつも自分は甘いな、と思ってしまう。





女官長の許しを得た劉輝は、軽い足取りで王宮の裏門へと向かった。

愛しの秀麗に会える。
その余りの嬉しさに、劉輝は見舞いのという事も忘れて、婉蓉の用意した見舞いの品を受け取らずに紅邵可邸へと向かった。


「婉蓉様…」


裏門にて見舞いの品を軒にて待つ劉輝の元へと届けに向かった婉蓉の顔には、怒りの表情を浮かんでいた。
見舞いに行くと言っていたにも関わらず、その見舞いの品を忘れてさっさと向かった王に、明らかな怒りを抱いていた。

その後ろに、二人の筆頭女官がオロオロとした表情で佇んでいた。


「一応、御留め致したのですが……」


月影は申し訳なさそうにそう言った。
震える肩が二人の目に映り、それが寒さに震えているのではない、と二人は瞬時に悟った。


((主上…なんて事をしてくださったのですか!!))


二人の筆頭女官の心の声は重なった。

はっきり言うと婉蓉は怒ると怖い。
それはとんでもなく。
珠翠は身を持って体験し、月影も目の前で彼女の怒る姿を見た。

その怒りの方向が自分たちに向くのでは。
二人の筆頭女官の脅えは、正にそれだった。


『月影、珠翠、中に入りましょう
今夜は冷え込みますから…』


くるりと踵を返し、一人後宮へと婉蓉は向かった。
その後姿を追いかけながら、二人はホッと安堵の息を吐いた。

怒りの矛先が自分たちに向かずに済んだ。
だが、彼女をここまで怒らせた王の帰宅後の彼女の怒りを思うと、劉輝を憐れまずにはいられなかった。


((主上…ご愁傷様でございます))


果たして、二人の筆頭女官の心の嘆きは彼に届くのか。
いや、届くはずもなかった。






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