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クスクスと鈴の音の如き軽やかな笑い声が、薔薇色の唇から紡がれた。
『まあ随分と懐かしい二つ名ですこと
妾の事をご存知だなんて光栄ですわ――』
続く言葉は紡がれる事はなかった。
だが、微かに動いた婉蓉の唇が嘗ての自身の名を表していた事を静蘭は見逃さなかった。
――清苑様
彼女とは何度も言葉を交わした事があった。
当時婉蓉は、その類まれな美貌故に公子達から妃にと望まれていた。
そして清苑自身も、行動にこそ表さなかったが、好い印象を抱いていた。
しかし、それは清苑を含めた公子達の一方的な感情であった。
まるで興味がないという様なあっさりとした対応には、さしもの清苑も感嘆した。
清苑は時折視界に入る彼女を目で追い続けた。
彼女の琵琶の音も、凛とした佇まいも、射る様な強い眼差しも、その全てが清苑の心を揺さぶったから…。
―少年の日の初恋―
その相手が目の前にいる。
静蘭はその美しい笑みにトクリと心ときめかせた。
婉蓉の美しい笑みに惚ける静蘭を他所に、楸瑛は彼女の白魚の様な手を取り、そっと口付ける。
「あなたの様な美しい方にお会い出来て光栄です
将軍位にあります、藍楸瑛と申します」
そっと上目に流し目を送るものの、婉蓉#には通じない。
楸瑛の言動もさして気にも留めずニッコリと微笑み、ご丁寧に、と返した。
(…あの方とよく似ている)
かつて藍家の当主達が朝廷にて官吏をして頃の事を思い出した。
資蔭制で入朝し、二十歳前にはそれぞれ要職に就いていた事もあって、婉蓉はそれぞれと面識を持っていた。
“君が噂の琵琶姫かい?”
柔らかな微笑を携えていたが、その瞳は決して微笑んではいなかった。
まるで品定めをする様な視線は、温厚と自負する婉蓉でさえ苛立たずにはいられない程不躾ものだった。
(それにしても、あの頃の愛らしい少年の姿は影も微塵もありませんわね…)
清苑と対面させる為、三つ子がわざわざ藍州より呼び寄せたあどけない少年。
彼に完膚なきまでに叩きのめされた少年は、悔しさから涙を浮かべながらも必死にそれを抑えていた。
それが今や――。
(珠翠が怒るのも無理がありませんわね…)
次々と後宮の女官と恋を交わし、袖にする。
それに傷付き、後宮を辞する女官を婉蓉は何度も見てきた。
余りの変わりように、流石の婉蓉も溜め息を溢す他ならなかった。
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