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「鳳珠?今日は一体どうしたんですか?あなたらしくもない…」


何度も溜め息をつきながら、筆を止め、また更に溜め息をつく。
らしくもない上司兼友人の行動に、景柚梨は怪訝な表情で彼を見つめた。


「何でもない」


決まり文句の様に奇人は同じ答えを返す。
けれど、その言葉にはいつもの様な説得力はなかった。


「鳳珠、少し休憩に行ってきなさい」


命令口調の柚梨の言葉に、奇人は断る事も出来ないまま戸部を追い出された。


「尚書、なんだかおかしいですね」


秀、と呼ばれた侍童が神妙な面持ちで柚梨に問いかけた。
ええ、と答える彼の表情も、いつもと違っていた。


(鳳珠があんなふうになるなんて、どうしたんでしょうね…)


覇気のない後姿が、嫌に小さく見えて仕方ない。
いつも背筋を伸ばし、どの高官よりも高官らしかった彼のいつもの姿は今日は微塵も感じられなかった。










“明日にでも、お屋敷をお暇させて頂きたいと思います
大変、お世話になりました”



出仕前、婉蓉が告げた言葉が脳裏をよぎる。

突然の言葉に、奇人は反応できなかった。
あんな事をして彼女の気分を害してしまったのかもしれない。

あの後、彼女は自分を避けるようにしていた。

もしかしたら、自分は彼女に嫌われたのではないか。
そう思うと、胸が絞めつけられる様に苦しかった。


「珍しいな」


硬質な声色で掛けられた言葉に、奇人は身をすくませた。
今、何よりも聞きたくなかった声だった。


「そちらこそ珍しいな……葵皇毅」


振り向いたそこには、予想通りの人物がいた。
御史台長官、葵皇毅だった。


「いつもの様な覇気がない、大方婉蓉にでも振られたか?」


クツリと皇毅の顔が笑った。
楽しむ、と言うよりはどこか見下した様な、そんな笑み。


「お前には関係のないッ」


つい声を荒げてしまう。

はっきり言えば、図星である。
今朝の彼女の言葉や態度を思えば、自分は彼女に厭われたと理解できるのだから。


「一つ忠告しておいてやる」

「何だ……」


皇毅から何か助言をもらうなど、はっきり言って熨斗でも付けて付き返してやりたかった。
けれど、愛しく想う婉蓉についての事なら、どんな事でも知りたかった。


「アレは、想いを寄せられる事を極端に恐れる女だ
強引に迫りでもすれば、まず間違いなく恐怖の対象となる」

「ッ!!」


ジワリ、と奇人の背筋に冷や汗が伝う。


「少し考えれば、分かる事だ
アレは公子たちに散々追い回されたのだからな」


お前は馬鹿か、と言われている様な気がした。
嘲笑を隠される事もなく浴びされている。

奇人はギリッと仮面に隠れた唇を強く噛み締めた。


「生真面目なお前の事だ…
大方昨夜の俺の文箱を見て、俺との関係を問いたのだろう」


ニヤリ、と皇毅の口角が上がる。
図星だろう、と言葉の端々の伺えた。


お前は婉蓉に嫌われたのだ


そう、言われている様な気がしてならなかった。






 

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