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『燕青様』
一足早くに自宅へと戻った秀麗と静蘭を見送った燕青は、昨日の後始末とばかりに、庭園にのさばる山賊たちを壮観だと謂わんばかりに見渡していた。
これをどうしようか、と思っていれば、そっと後ろから声を掛けられた。
「婉蓉姫さんじゃん」
にかっと笑みを浮かべる様は、昨日の髭面の男と同じ人物とは到底思えなかった。
失礼だとは分かっていても、やはり思う心は正直だった。
『燕青様は、何時頃茶州へお戻りに?』
はっと燕青は目を見開いた。
自分は何も告げていない筈なのに、彼女は自分が茶州から来たと知っていた。
彼の驚き様をそっと細く笑むと、ゆっくりと婉蓉は跪拝した。
『茶州州牧・浪燕青様には初めてお目にかかります
茶州州尹・鄭悠舜が妹、婉蓉と申します
州牧には兄がいつもお世話になっております』
「……………は?妹ッ!?」
目の前で自分に向かって跪拝する、目玉が飛び出るほどの麗人が、自分の部下の妹だと知り声を荒げる。
はい、と返される返事に、納得出来ないとばかりに呆然とする。
はっきり言って、全くといっていいほど婉蓉と悠舜は似ていない。
失礼だと知りつつも、正直な心は声に出ていた。
「似てねえ…」
気付いた後は遅かった。
ハッと口元を覆うが、時は既に遅し。
目の前にて跪拝する麗姫にはしっかりと聞こえていたようだが、彼女は特に気にした様子もなかった。
『母が違いますから…』
ゆっくりと立ち上がると、苦笑交じりでそう告げる。
母が違うだけでこうも変わるのか、と内心呟くものの、今しがた彼女が浮かべた苦笑は、どこか悠舜と似ていた。
顔の造形は似ていなくとも、纏う柔らかな雰囲気は似ていた。
それだけで燕青には十分であった。
「そっか、悠舜の妹姫さんだったのか…
そういやあ悠舜が言ってたな、貴陽に妹がいるって…
姫さんの事だったんだな」
にかっと、また太陽の様な笑みを浮かべる。
この笑みを見るだけで、婉蓉は兄が十年もあの茶州にいられたのが理解できた。
くったくのない笑み。
それだけで、勇気と元気が沸いてくる、そんな笑み。
『兄はあの通り頑固で融通が利きませんでしょう?
ご迷惑をお掛けしていませんか?
害意ない笑みでズケズケともの言いますから、州官の方々が御心を痛めていないか、そればかりが心配で……』
ほう、と溜め息をつきながら告げる言葉に、まさしく彼の妹だと悟る。
(……害意のない笑みでズケズケモノを言うのは血筋なのか?)
事実とは言え、兄に対する厳しい言葉に燕青はヒクリと口元が引き攣る。
兄にも容赦のない言葉に、こればかりは兄とは違う、と思いついた。
“いいですか?燕青!
いくら私の妹が美しく、魅力的だからといって懸想しよう等とは私が許しませんよッ
私の妹は王の後宮でも絶世と謳われた美女ですから、仕方のない事かもしれませんが、私は貴方を義弟に持つ気はさらさらありませんからね!
あの子には、私が彩雲国一の婿殿を宛がわせるのですから!
いくらあなたが茶州の州牧といえど…………”
自分が貴陽に向かうそのギリギリまで、延々と説教と妹の自慢話を告げられた事を思うと、兄に対して正直な感想を述べる妹は本当に清清しいものだった。
(あいつが貴陽に戻ったら、婉蓉姫さんすげえ苦労するんだろうな…)
早朝に見せた絳攸の行動を思うと、彼が婉蓉に想いを寄せている事など直ぐに理解できた。
李絳攸と言えば、朝廷随一の才人と名高い、国試を最年少で状元及第した最年少の宰相好捕。
普通に考えれば、これ以上のない婿なのだが…果たして彼は優秀の眼鏡に叶うのだろうか?
(不満げにブチブチ愚痴を言う姿が目に浮かぶんだけどな……てか、アイツに掛かれば王ですら不満だあ〜とか言いそう)
愛する妹の為ならば、鬼才と謳われた鄭悠舜もただのシスコンだった。
それは同期で及第した某尚書とはれるほどに――。
何より、茶州に帰った自分が怒涛の如く彼に婉蓉について問いただされるのが目に浮かぶ。
(姫さんに懸想している男や、夜這いを掛ける男はいなかったか、とか――
とにかくすんげえ勢いで問い詰められそう…)
茶州に帰る事が少しだけ億劫に感じてしまう、元州牧であった。
To be continue...
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