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劉輝の私室に戻ってみれば、貴妃の評判が余りにも良好な事に、悶々と唸る主人が目に入った。
見かねた主人に、婉蓉はそれとなく助け舟を出してみる。


『劉輝様、本日は天気が好うございますから庭園にて花見をされたは如何でございますか?』


午後から陽が差してきた為、茶器を用意して参ります、と退室した。
いや、と断ろうとした劉輝の声が扉越しに婉蓉#の耳に届いた。

クスリと小さく笑うと、茶器を用意する気は更々ない様で、そのまま府庫へと向かった。







『やっと出会われた様ですね』


庭園にて茶会を催す劉輝にホッと安堵の息をこぼした。


「失礼、貴方は?」


不意に名を呼ばれ振り返ってみれば、そこには左羽林軍将軍・藍楸瑛が佇んでいた。
その隣には吏部侍朗の李絳攸と主上付き武官の比静蘭の姿。

藍の衣に、三つ子の顔が脳裏に浮かんだ。

ツキンと鈍い痛みが彼女を襲うものの、直ぐに拝礼を行った。
どこか冷たい、何かを探る様な表情で―。


『主上付き女官の婉蓉と申します』


その優雅な動きに、楸瑛は新たな獲物を見つけた様にスッと目を細めた。

筆頭女官である珠翠にも優る美貌とその所作の美しさ。
数多の名花が集う後宮ではあるが、これほどまでに優れた女人はいない、と嬉しさと共に感嘆した。


だが、隣にいた李絳攸にはその美しい拝礼は目に入らなかった様である。

優雅に優る高雅な所作を持つ女人と謂えども、女人嫌いの彼にしてみれば、ペンペン草と変わらないようである。


「あの昏君(ばかとの)付きの女官だとッ!?」


李絳攸の声が木霊した。
未だ会えずにいる事への不満が垣間見えた。



「絳攸、そんな風に女人を怒鳴りつけてはいけないよ」


楸瑛は婉蓉が主上付き女官と知った興奮が冷め遣らぬ絳攸を宥めも効果は皆無である。

一方の婉蓉はというと、怒鳴られた事など気にも留めていなかった。
むしろ彼女の感に触ったのは主への暴言であった。

いかに彼の言葉が正論とも謂えども、官吏は国の為に王に仕える存在。その王に対する暴言を、彼女は許せなかった。

故に、面と向かって絳攸にキッパリと言い返す。


『主上に対して昏君とは失礼にも程がありますよ
紅家は貴方に言葉遣いも教えて下さらなかったのですか?』


“紅家”というの言葉もあってだろう、ジロリと冷たい視線を向けられた絳攸はウッと強張った。


それを傍らで見つめていた静蘭は、婉蓉の纏っている薄紫の衣を凝視していた。
そして彼女の瞳を―。

その視線に気が付いた彼女が問い返すと、静蘭がポツリと呟いた。


「もしや…藤の琵琶姫では?」


嘗て父・セン華王のお気に入りとして常に侍らせていた美しい少女を思い出した。

琵琶の音の素晴らしさから、藤の衣を纏う事を許され、五年もすれば第二妾妃・鈴蘭をも凌ぐと謳われた美少女。
その女官が予想以上の美貌を携えて、しかも異母弟の専属女官になっていた事にどこか納得していた。


(彼女は珍しく、当時の後宮内でも良識のある女官だったからな…)


静蘭は、自身が傍にいられなかった事もあってか、この美貌の女官が傍にいてくれた事を心から喜んだ。
彼の言葉に婉蓉は少し驚き目を見開くものの、直ぐに笑みを浮かべた。






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