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『まだ、何か仰りたいご様子でしたが?』


絳攸の去り際を思った婉蓉は、ポツリと囁いた。
終始己へと向けられた視線に気づく事もなかった彼女に、奇人は小さな溜め息を零した。


(あれほど分かりやすい視線を向けられていたにも関わらず気付かぬとはな…)


熱の篭った視線に、奇人はすぐに絳攸の“想い”を悟った。

何か言いたげなのではない。
目の前にいる貴妃とも見紛う麗人と今少し共にいたい、という青年の切なる願いである。
そして、想いを寄せる女人と共にいる自分に彼は嫉妬したのだ。


ちらり、と奇人は婉蓉を一瞥した。
いそいそと茶器をしまう仕草も、茶器を扱う白魚の如き手も、流れる濡羽玉の黒髪も、印象的な瞳も、どれをとっても人目を、否、男目を弾くもの。

それは長年女人嫌いを豪語していた李絳攸とて例外ではなかった。


(まさか李侍朗までもがな…)


己の胸に生まれた感情を、この時奇人は悟った。

熱の篭った視線を送る絳攸を、一刻も早く室から追い出したかった。
彼女に見惚れる彼の視線を遮りたかった。

麗しい彼の人を、自分だけが眺めていたかった。
彼女を見つめるのは自分だけでありたかった。

いつもより格段に着飾った彼女の艶姿を、他の男に見られたくなかった。


(私も、人の事は言えぬな…)


そっと自嘲の笑みを零した。
悠舜が警戒するのも頷ける。

斯様な女人と一月以上時を共にすれば、惹かれぬはずはなかった。
ましてや、己よりも年若の恋もした事もないような青年が、仕事場と言えど数ヶ月も時と場所を共にすれば、弾かれぬ筈もなかった。


(悠舜の雷が落ちるのが目に浮かぶな)


釘を刺されたにも拘らず、友人の珠玉を欲した自分と絳攸の今後を思うと、少しだけ哀れに思えた。
百合姫と言い、婉蓉と言い、なぜこうも自分は曰く付きの女人を慕ってしまうのか。

こればかりは仕方がないと謂えども、自問自答を繰り返していた奇人の耳に、柔らかな声が聞こえてきた。


『そろそろ、御屋形様も御出仕の刻限ではございませんか?』


ゆっくりと茶を飲み、寛ぐ屋敷の主に、そっと柔らかな声色で言葉を紡ぐ。
自分の煎れた茶で心を和ませてくれるのはありがたいことだが、やはり戸部を担う尚書の出仕が遅れるのは避けたい。

早く行け、と絳攸に諭した本人が出仕を渋るわけにも行かず、渋々ながらも奇人は腰掛から立ち上がった。


『行っていらっしゃいまし』


にっこりと笑みを携えながら見送る婉蓉に、仮面越しに口元を綻ばせた。

こんな風に誰かに見送られて出仕するというのも、中々好いものだ、と脳裏に思い浮かべながら、婉蓉に茶の礼を述べると、奇人は軒宿へと向かった。






 

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