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『それにしても本当に驚きましたわ、燕青様の御変わり様には…』


早朝、再び屋敷の主の心配りにより、朝食をとっていた六人の前に現れた人物の変わり様に、劉輝と静蘭を覗く四人は驚愕に表情を歪めた。

つい数刻ほど前まで小汚い髭面の中年だったはずが、髭を剃っただけで精悍な顔つきの青年と変わっていたのだから無理もない。

特に秀麗の驚きようは凄まじかった。
何度も彼に問いかけ、あまつさえ、顔を引っ張る始末。


流石に年頃の娘の所業ではないと嗜めると、だってびっくりしたんですもの、という正直な言葉が返ってきた。
そればかりは婉蓉も返す言葉は見つからなかった。


「ひでえなぁ、姫さんら…」


二人の反応がショックだったのか、燕青は朝食を腹いっぱいに平らげながらも、どこか悲しそうな声色で告げた。
申し訳ないと思いつつも、余りの彼の変わりように婉蓉は何度も燕青の顔を見てしまった。


(髭一つでここまで変わられるんなんて……ということは?工部尚書も髭を剃られたらこんな風に変わられるんでしょうか?)


兄を始めとする、この屋敷の主、紅吏部尚書と同期で及第し、かの悪夢の国試組みと謳われた管飛翔を思い浮かべながら、婉蓉は想像していたのだった。


何度も何度も燕青に視線を送る彼女を、絳攸は気になって仕方がなかった。
今朝方、自分の想いを自覚してからと言うものの、彼女の一挙手に反応してしまう。

燕青の変わり様に驚いているのは分かるが、何故もこう彼に視線を送るのか、絳攸の心に“嫉妬”というものが生まれた。
本人は一向に気付いていなが―。


(婉蓉殿は…燕青の様な男が好みなのだろうか?)


昨日見ただけでも分かる様に、彼は文だけでなく武もこなす。

特に武に関しては、禁軍の将軍を務める楸瑛が諸手を上げて絶賛するほど。
そして、嘗て公子一優秀と謳われた静蘭も、自分よりも強い、と豪語していた。

絳攸は少しばかり武の出来ない自分を悔やんだ。
いくら朝廷随一の才人と言われようとも、護身術程度しか出来ない男では頼りない――そう思われていないだろうか。

想いを自覚したばかりの彼に、“小さな嵐”が心を蝕んでいく。









朝食を終え、各々が出仕の準備を整えた後、屋敷の主に挨拶に済ましに、絳攸は奇人の下へと向かった。


「失礼致します、李絳攸です」


中から入れ、という言葉が聞こえ、恐る恐る扉を開けると、中にはきちんとした官服に身を包んだ黄奇人の姿があった。
そしてもう一人、出仕前の茶を運びに来ていた婉蓉の姿も―。


(何故…婉蓉殿が?)


確かに彼女は奇人の同期である鄭悠舜の妹であり、宿下がりの間この屋敷で世話になっているが、ここまで仲を深めていたとは、とまたも彼の息が詰まった。


「李絳攸、何の用だ?」


開閉式の仮面を閉ざし、くぐもった声で紡がれたソレはいつもより苛立ちを帯びていた。

ハッと我に返った絳攸は昨日の侘びと、今日の礼を述べた。
そうか、と興味もなさげに返答をすると、傍に控えていた婉蓉に茶のお代わりを告げる。


(まるで二人だけの世界だな…俺は邪魔だ、と言わんばかりに視線が痛い)


婉蓉を好ましく思っている奇人としては、残り少ない彼女との時間を少しでも長くと思っていた矢先の絳攸の出現に、隠す事もなく苛立ちの気を帯びていた。

そんな二人の険悪な空気をものともせず、婉蓉は穏やかな笑みを携えていた。

ゆったりとした優雅な所作で茶を煎れる彼女は本当に美しい。
加えて、女官長でありながらいつも最低限の装飾しか身に着けない彼女が、この屋敷内では貴妃と見まごう程に絢爛に着飾っていた。

装飾如きで彼女の美しさが変わるわけではなかったが、愛しいという感情を今朝方思い知った絳攸には、眩いばかりに目に映る。

もう少し見ていたい、そう思っていたが、早く出仕しろと奇人に言われてしまえば、彼に反論の言葉は告げる事など出来ない。

最後にもう一度侘びと礼を述べると、静々と絳攸は室を後にした。

パタンと静かな音で閉められた回廊で、絳攸はギュッと瞼を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、先程の婉蓉の麗しい姿。


(婉蓉殿…)


愛しい人の艶姿を瞼の奥に染み込ませ、絳攸は出仕した。






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