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悠舜も美形の類に入るが、彼女と比べれば人並みである。
黎深は天つ才の持ち主だが骨相をするわけでもない。

故に彼女が悠舜の妹とは思わなかったのだ。
何より、彼は貴族ではない。

貴族ではない悠舜の妹が、後宮で女官として仕え、その上高貴な出自でないと就けない女官長にまで上り詰めたのだから、黎深の考えは当然といえば当然だった。


「おい、何故女官をしている」


脈絡のない突然の問いに奇人はもとより、問われた婉蓉ですら固まった。
だが、彼女は直ぐに思考を巡らし、黎深の問いの意味を理解した。


『ご存知の通り、兄は貴族ではありません
それは国試をご一緒に及第されたお二方もよくご存知だと思われます』


悠舜が国試を状元で及第したときは本当に騒がれた。
それは傍眼、探花と悠舜に続いて及第した二人を含めた三魁が余りにも若い、と言うこともあった。

だが、それ以上に悠舜が庶民の出であるという事で騒がれた。


貴族でもない、幼い頃から英才教育を受けてこなかった一庶民が、貴族―それも彩七家の筆頭である紅家直系男子や情報に長けた黄家の直系筋の男子―を抑えての及第。

国試を下位で及第した者たちはもちろん、貴族でもないものが官吏になることに未だ嫌悪感を抱いている貴族派の者は、彼の才能に嫉妬の念を露にした。


『兄と言っても、妾と悠舜様は母の違う兄妹です

悠舜様の父君と母君は庶民でしたが、妾の母貴族でした
妾はその伝を使って後宮に上がったのです』


質問の答えはこれで十分ですね、と口にはしないもののこれ以上は聞くなというモノが、言葉の端々に聞こえてきた。


「お前が先王に藤を下賜されたのも、それが理由か?」

『おそらくは』


十五年前、一女官でしかなかった婉蓉はセン華王より藤を下賜された。
その理由は、彼女が高位の貴族の血を引く娘である為だった。

この時、初めて奇人は彼女の下賜の理由に納得した。
だが、黎深は納得し切れなかった。


(いかに高位の貴族の血を引く娘といっても、あの先王が目に掛けるほどではない

おそらくは紫家か縹家、七家か……
もしくは嘗て絶えた四門家の娘か―)


悶々と考え込む黎深であったが、どちらにせよ彼女が悠舜の妹である事実に代わりはない、という事で考えを留めた。
彼女が誰の血を引いていようと自分の知った事ではない、と結論付けたのだ。





それよりも黎深には重大なことがあった。
悠舜の妹、という事実を差し引いても許せない、傍から見れば大したことではないが、彼からすればこの世で一番と言ってもいい程重大なこと。

それは―。


「それよりもお前、よ、よよくも秀麗の手を握ったなッッ!!!!」


愛する兄とその娘に関しては、彼は救いようがない程愚かだった。


『秀麗様はお優しい方ですから』


自分に向けられる黎深の嫉妬を交わす為に―秀麗が優しい事は婉蓉も思っていることだが―、そう告げると目の前の黎深の表情は崩れに崩れた。


「そうだ、秀麗は優しい子だ
その上素直で気立てもよく、菜も縫い物も上手で――」


さも自分の事のように黎深はつらつらと秀麗について語り始めた。
いつもの事ながらと分かっていても、奇人は溜め息を零さずにはいられなかった。

それにつられて婉蓉も同じく溜め息こそ零さなかったが、苦笑交じりの笑みを奇人に向けた。


(こういう表情も悠舜に似てるな…)


彼女の兄・悠舜も、黎深が兄やら姪の話をつらつらと怒涛の如く語ったときも、同じような表情を浮かべていた。

容貌は似ていなくとも、似ているところは似ている。
やはり二人は兄妹なのだと思った。


『紅尚書、秀麗様とお近づきになりたいのであれば、手紙を書かれては如何ですか?』


延々と語られる話に留まる様子は無く、それを夜通し聞かされる奇人を哀れに思った婉蓉はある提案を持ち出した。


「秀麗に、手紙を?」


流石に姪の秀麗のこととなると、直ぐに反応する黎深である。
先程の怒涛の語りは影を潜め、バラと扇を開き口元に寄せて彼女の次の言葉を待つ。


『邵可様の弟君で、現当主であることを知られてしまうのを厭われるのでしたら、姓を伏せて手紙を書かれては如何ですか?』

「姓を伏せて…」


思ってもみなかった提案に考え込む。


『内容は…府庫を訪れた際に邵可様から秀麗様のお饅頭を頂き、余りに美味しかった為、是非お礼をしたくなった、という感じでしょうか?

お優しい邵可様であれば、府庫に訪れた客人を持て成すのは当然のことですし、秀麗様のお饅頭が美味しいのは事実です』


黎深からすればまさに盲点、としかいい様のない提案に、彼はすぐさま室を立ち去った。
途中、兄上ッ、と声を荒げて走り去ったのは、お約束とも言えた。






 

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