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『お帰りなさいませ、御屋形様』


優雅かつ流麗な礼で婉蓉は屋敷の主を迎え入れた。
ああ、小さく返事をすると奇人は腕に抱いていた少年を用意された寝台に横たわらせる。


「婉蓉様!」


奇人の後ろから入室した少女に名を呼ばれ顔を上げてみると、そこにはつい数ヶ月前まで後宮にいた紅秀麗がいた。


「秀麗様…何故、こちらへ?」


正直な感想を告げれば、秀麗はトコトコと彼女に駆け寄り、嬉しそうな表情で道端で少年を介抱していたことを口にした。

お人よしの彼女らしい行動だと胸中で納得した婉蓉は、ニッコリと微笑み久方ぶりに再会した少女を見つめる。


「またお会いできて嬉しいです」


女人として憧憬の念を抱いていた彼女に再会できた事を、秀麗は心の底から喜んでいる。

こんな風に邪推な感情を含まない、正直な笑みを向けられたことは久しい婉蓉もまた、秀麗との再会とその言葉に喜びを抱いていた。


「おや、秀麗ちゃんじゃないか」


再会を喜んでいた二人の麗しい再会を、老齢の医師の言葉が遮る。
黄家から呼ばれて屋敷を訪れ、患者を待っていた医師葉棕庚(しゅこう)である。


「葉医師(せんせい)ッ」


こちらも久方ぶりの再会なのだろう。
婉蓉への態度は異なり、どこか砕けた様子で医師との再会を喜ぶ秀麗に、年頃の少女なのだと思い直す。

後ろに佇んでいた髭面の男がどこか知り合いなのかと問えば、幼い頃から世話になっていたと返事が返ってきた。


そういえば、と婉蓉は秀麗が幼い頃は病弱だったという事が頭に浮かんだ。

今でこそ健康で街中を駆け巡り賃仕事に励んでいる秀麗ではあるが、実は幼い頃はかなりの虚弱体質だったのだ。
“彼女の力”によってのことを思うと、秀麗が真実を知れば…と憐憫の情を抱かずにいられなかった。

そうこう考えいていれば、いつの間にか治療に入っていた葉医師が終わった、と告げながら室へと戻ってきた。

いかに軽度の熱中症とはいえどあまりの処置の速さに、婉蓉は感嘆した。


(流石は“医仙”ですわね…)


彼が何者なのかは会った瞬間に理解できた。
おそらくは、この場にいる誰も気付いていない事実である。


(あの狸や“彼女”以外にも、貴陽で仙と遇えようとは思ってもみませんでしたわ)


正直な感想を胸中で呟きながら、彼女は目の前で繰り広げられている少年の兄翔琳と葉医師のやり取りをじっと見つめた。






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