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だが、続けて紡がれた言葉に奇人は表情を変えた。


『けれど、そういう方はそういう方だと思えば楽なものですわ
十人十色というように、皆が皆自分を受け入れてくれるわけではありません

それに、顔の美醜でその人の全てが決まるわけではありませんもの
今は美しくとも、いつその美貌が失せてしまうかは誰にもわかりません

もしそうなった時に、その時の自分に何がいったい残るのか、そう思って生きてゆけば随分と心が楽になりますもの』


ニッコリと微笑む彼女の瞳は強く、気高さを感じた。
どこか自分のことを告げるような口調に、奇人はもしやと思い尋ねてみた。

姫もその様にして生きてこられたのか、と―。


『はい、妾はそう信じて生きて参りました』


はっきりと力強く告げられた言葉に、奇人は瞠目した。
自分より幾分も若い女人が、それも妍を争う後宮で生きてきた女人が言う言葉ではなかったからである。


『……皆様が、後宮という場所を快く思っていないということは理解しております

女が欲を剥き出しにして、打算で動くき、策を張り巡らせて戦い続ける場所です
弱いものは付け入られ潰され、強いものは傷つきながらも生きてゆかねばらない

妾も…後宮に入った当初は諦めておりました
きっとここで生きてゆくうちに“心”を失っていくだろう、と…』


寂しそうな、悲しそうな表情に奇人はハッと息を詰まらせた。
後宮とはそういうところなのだと―。

百花が己の美貌と才気を競って争う後宮にて、そんな風にしないと生きていけないほど彼女の人生は過酷なものであると実感した。


『けれど、そんな妾にある方が教えてくださったのです

心を見せるから付け入れられるのではなく、弱さを見せるからつけいれられるのだと…

そして、自分の才に限度をつけてはならないことも教えて下さいました
ですから、妾は向上心を失うことなくここまで来る事が出来たのです』


幼い頃から続けていた勉強を、婉蓉はあるときからパタリとそれを止めた。
こんなことをしても後宮ではなんの役には立たない、と心の中で悟ったからである。


けれど、そんな自分の心に気付き、なおかつ叱咤してくれた人がいた。

もう二度と会うことなど出来ないであろう、藍の衣を纏った美しい青年を心に浮かべながら当時の言葉を思い出す。


“どうして止めてしまうのかい?
確かに、今は役に立たないかもしれないけれど、いつかそれが役に立つかもしれないだろう

あと五十年もすれば君の美貌も失せる
その時、君に何が残るのか、それで君のこれまでの人生が分かる

君の美貌しか見ていない人間事など、目の端に入れる必要などない
君の心を、君の中身を見てくれる人の言葉に耳を傾けさえすれば、きっと頑張れる”



彼の人の言葉があったからこそ、今の自分がいる。
それは覆すことの出来ない、紛れもない事実だった。

この時、奇人は初めて彼女が“絶世の佳人”“美貌の才媛”と謳われ、史上最年少で女官長に就任した所以を理解した。


(確かに先王や現王が寵愛するのも頷ける)


先王より藤の衣と籐香宮を与えられ、現王より白蘭を下賜された。
二代の王から重用された女官は多くいれど、二輪の花を下賜された女官は歴史上でも類を見ない。

後宮女官などと心のどこかで見下していた自分を、奇人は叱咤した。
そう簡単に生きていけるほど甘い場所ではなく、美貌だけで生きてゆけるほど生易しい環境ではない。

彼女の言葉から、奇人はそう悟った。
その同時に、自分と彼女を導き合わせてくれた友人に心の中で感謝した。


もしかしたら、これを見計らっての行動かもしれない。

彼にはそう思えてならなかった。






 

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