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西の昊が真っ赤に燃え上がるように染まった夕暮れ時に、屋敷の主人である黄奇人は帰宅した。

仕事に追われ、帰宅どころか寝る間も惜しみ仕事に励んだ奇人は、自室に戻るや否や長椅子に腰掛け大きく息を吐いた。


『御屋形様、婉蓉でございます
お茶をお持ち致しました』


扉越しに聞こえてきた婉蓉の声にはっと我に返り、奇人は着崩れした見なりを整えて彼女を迎え入れる。


「婉蓉姫ですか、どうぞお入り下さい」


仮面を外していたことが伺えるような涼やかな美声が婉蓉の耳に届き、扉にかけていた手がピクリと反応し入室を留まる。

中にいる奇人は一向に入室してこない彼女を不振に思った。
もしや気分が優れなくなったのかと思い、立ち上がりバタンと大きな音を立てて扉を開ければ、目の前に佇む婉蓉の様子を見て奇人は安堵の息を吐いた。

顔色が悪いわけでもなく寧ろ良い方なのだが、彼女は入室する様子も感じられない。


「姫、どうされたのですか?」


ゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬をそっと撫でる。
自身が仮面を外していることに気づかずに、尚も顔を隠さずに言葉を発する奇人。


一方の婉蓉はというと、話に聞いていた美貌と美声に驚いていた。
いつもどのような時でも表情を崩すことのない美貌の佳人ではあるが、流石に自身を越える美貌の持ち主にはあったことはない為、この時ばかりは彼女の表情は驚愕に満ちていた。


「姫?」

『なんとお美しい…』


甘い溜息を零しながら、婉蓉ははっきりと言い放った。
その言葉で奇人はやっと自分が仮面を外していたことに気付いた。


「なッ!………姫は平気なのですね」

『はい、始めは驚きましたが、なんともありませんわ』


ニッコリと微笑むその表情に、嘘は感じられない。
何より、婉蓉は悠舜の妹姫なのだから奇人の美貌に耐性があるのも頷ける。

その上、彼女は超絶美貌を誇る自分ですら見惚れてしまう絶世の美女である。
毎日鏡で自分の美貌を見ていれば、自然と美貌に慣れるだろう。


「悠舜……兄上から私の顔の事は聞いておられたのですか?」


流石に妹を前にして兄を呼び捨てにするわけのもいかず兄上と呼びなおし、自身の顔や声について尋ねてみる。
そして奇人の予想通り、もちろんという言葉が返事として返ってきた。


『妾も自分の容貌には自覚がありましたし、自負もありましたが、やはりあなた様にはかないませんわね』


人並み外れた美貌を持って生まれた婉蓉にもそれなりに矜持はあったらしいが、奇人の美貌を前にその矜持はもろくも崩れれちた。

とはいえ、彼女の言葉に嫌悪感は感じられず、むしろ良いものを見せてもらったとばかりに微笑んでいる。


彼女の思いがけない言葉に、奇人ははっと目を見開いた。
今までそんな風に言ってくれた人はいなかったからである。

平気だと言ってくれた友や、大切な贈り物だと言ってくれた嘗ての愛しい姫。
そのどれにも当てはまらない彼女の言葉に、奇人の胸にじんわりと暖かいモノが浮かび上がった。


「自分より美しい男は…嫌になりませんか?」


嘗ての愛しい姫に言われた言葉を、婉蓉ならなんて言ってくれるのだろうか、少しの期待と大きな恐れを抱きながら彼は問う。

もしかしたら―と思いながら…。


『嫌になる……そんな風に思ったことはありませんので急に言われても難しいのですが、妾は平気ですわ

中には、ご自身の美貌に絶対の自信を持ち、自分より美しいものは存在しないと思ってい方もいます
そういう方々にとっては、あなた様の美貌は心休まるものではないかもしれません』


彼女の正直な言葉に、ツキンと胸が痛む。


“そんな顔の隣で奥さんなんてやってられません!”

“自分より美しい男がいるなんて、許せませんわッ!”



嘗て浴びた罵声が頭を過ぎった。
生まれてこの方、自分の美貌を真に受け入れてくれた人などほとんどと言っていいほどいなかった。

この人は、と思った人でさえ、最後は手のひらを返すようにして自分の元を去った人もいた。

彼女の言葉は真実のはずであるが為に、何よりも彼の心に突き刺さった。





 

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