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紅貴妃が入内して五日が過ぎた。


後宮内の騒がしさは収まったが、今度はその紅貴妃の評判で後宮内は持ちきりである。
その優雅な立ち振る舞いに、年若の女官達は流石は紅家の姫君よ、と褒めちぎっていた。


(まあ、良家の子女であれば当然ですわね
廃嫡された長子の子とはいえ、紅家直系長姫の作法が人並みでは紅家の名折れですもの)


ふと、邵可の妻を思い出した。

美しく、その上矜持の高い、絶世の美女。
彼女を思えば、相当厳しく作法を叩き込まれた事が伺える。


(流石は年の功、ですわね…)


彼女が“誰”なのかは直ぐに分かった。
故に、紅貴妃の作法は間違いなく噂通りだとうろ結論付けた。

しかしながら、古くから婉蓉を知る年嵩の女官はそうでもないようである。
むしろ、紅家の姫君で貴妃の位を賜わっておりながら、位の低い女官に声を掛ける、衛士の入室を許す等、軽々しい行為が多いと聞いている。

ちなみに、それを啓上してきたのは婉蓉を劉輝の妃にと望む女官達ではあるので、一概に鵜呑みする事は出来ないとして捨て置いた。







 ―カシャン―


「ッ…ぐすっ…」


回廊を歩いていると、茶器の音と続けて少女の泣き声が聞こえてきた。

ここからは距離があり、尚且つ聞こえてくる泣き声は紅貴妃の室の近くである為、引き返そうと踵を返す。

だが、流石に高位の女官としての義務がそれを許さなかった。
仕方なしに、返した踵を戻してその室へと向かった。




『珠翠、入りますよ』


返事を待たずに入室してみれば、貴妃付きの女官・香鈴がポロポロと大粒の涙を溢して泣いていた。
近づいてみれば、貴妃に粗相をした事を叱られると思った香鈴がピクリと身体を震わせた。


『何があったのです?』


そう香鈴に尋ねても嗚咽の為に答えることが出来ず、傍に付き添っていた珠翠が変わりに答えた。


(裾を踏み倒れてしまい、花茶で貴妃の衣を濡らしてしまった、ですか…)


女官見習いらしい過ちに、胸のうちで小さく笑んだ。
自分も入宮したての頃はこんな風に影で泣いていたな、と昔を思い出した。

慰める事は簡単である。
けれど、彼女が必要なのは慰めの言葉ではなく次に繋がる言葉。

すっと目を細めて珠翠を見やると、見当違いの言葉を向けている事に内心溜め息を零した。


「香鈴、貴妃様は貴方を咎めずに、と仰って下さったのですよ
それに、貴方の花茶をお待ちになっているのです」


涙を収まらせなさい、と言う珠翠に香鈴は粗相をした自分が許せないのか首を振るだけ。
見かねた婉蓉は、ハアと息をついて目線を合わせるかの様に膝を突いた。


『貴妃様のご好意を無碍にする積りで?』

「そんなッ」


婉蓉の言葉に、パッと顔を上げて半ば叫ぶように声を出した。
その様子にクスと微笑を浮かべると、そのまま立ち上がった。

その容易な動作すら優雅に感じる事に、珠翠は流石はとしか言いようがなかった。


『ならば、早く化粧を整えて貴妃様に花茶をご用意なさい
ご自分の不始末はご自分で拭いなさい』


よろしいですね、という言葉に香鈴はコクリと頷けば、いそいそと室を出て行った。
その様子を見つめていた珠翠は嬉しそうに笑った。


「流石は婉蓉様…」


その表情をチラリと視界に入れた婉蓉は少しだけ表情を硬くした。


『何をしているのです
香鈴が花茶を用意するまで貴妃をお一人にするのですか?』


―早く戻りなさい―

ピシャリとそう告げると、もうここには興味はないとばかりに退室した。



To be continue...


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