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「姫様、お加減は如何でございますか?」


兄・悠舜の計らいにより、友人である黄奇人の庇護の元で身体を労ることとなってから早数日が過ぎた。

始めこそ遠慮がちな姿勢を崩さなかった婉蓉だったが、奇人の細やかな気遣いと侍女たちの温かな対応に久方振りに心身ともに休めることが出来た。
そのかいあってか、当初青白かった顔色も血色を取り戻し、体調に関してはほぼ完治と言って言いほどである。


『はい、もうすっかり良くなりましたわ』


相変わらず“仕えられる”ということに慣れない彼女は数日経っても謙虚な姿勢を崩さなかった。
それが侍女たちの唯一の不満ではあるが、ニッコリと微笑むその美しさに数少ない奇人の顔と声に耐性のある侍女頭もホウと溜息を零しながら見惚れた。


「体調がよろしいのであれば、本日は庭を散策なされては如何ですか?

当屋敷の庭は御屋形様自ら設計をされた自慢の庭ですから、きっと姫様もお気に召されますわ」


侍女頭の言葉にどこか期待の交じった表情で是と返事をすれば、嬉しそうに数人の侍女を呼び寄せて婉蓉の着付けを手伝い始める。

女官長といえど華美な服装を好まなかった彼女を、侍女たちは嬉々として飾り立てた。
とは言えど、婉蓉が後宮を統括する女官長であるということは奇人しか知らぬ事実。

侍女頭を始め、屋敷の侍女たちは彼女を彼の友人の妹姫であるという事しか知らない。


だが、十年以上女っ気のなかった屋敷の主人が連れて帰ったのが妙齢の女人であり、しかも主の顔にも勝とも劣らずの美貌の持ち主である。

屋敷の者たちは両手を挙げて迎え入れ、奥方候補の筆頭として何とかして彼と接点を持とうと必死だった。


今現在の華美な装いもその一つである。

戸部の官吏たちが倒れ、まさにてんてこ舞いの様な状況だったが吏部から派遣された侍童が優秀らしく仕事に区切りがついた。
久方振りに屋敷へ帰宅する主人とこの麗しい姫とを対面させ、尚且つ彼の心を掴むべくため。

故に、侍女頭を始めとする侍女たちの気合いの入れようは凄まじかった。


しばらくすれば、後宮に住まう貴妃にも劣らぬ麗しい優美な姫君が完成する。


『少々華美過ぎるのではありませんか?』


鏡越しに写る絢爛な自身の姿を目に留めた婉蓉はポツリと呟いた。
普段が普段の為か、かなり動きにくく頭も重い。


「いいえ、姫様程若くお美しい方であればこのくらいは当然ですよ」


ニッコリと凄みのある表情で言われれば、流石の女官長も黙って納得するほかならなかった。








婉蓉は藤の木の前に佇んでいた。

奇人の屋敷の庭にも藤の木は植えられており、花開く季節は過ぎたと言えど青々とした緑葉が茂っている。

夏の陽射しが葉の間から地へと差し込むその様はなんとも美しく、木漏れ日とは上手く言ったものだと古来の人々の言葉回しの風流さに感心し直した。


『皆様とここで茶の湯などしてみたいものですね…』


彼女の小さな囁きを、傍に控えていた侍女頭は聞き逃さなかった。

茶会はよく耳にするものの、婉蓉が口にした茶の湯という言葉は聞いたことはなかった。


「姫様、その…茶の湯とは一体どのようなものなのですか?」


彩七家に仕える者としての誇りなのだろう、無知ということを気にしながらも怖ず怖ずと尋ねる。

そんな彼女の心を(おもんばか)ってか、婉蓉はニコリと小さく笑って茶の湯について語りはじめた。


『茶の湯とは遥か東の島国で行われる茶会のことでございます

庭園に畳という茣蓙を少し分厚くさせた物を四枚半敷きます
大きさは……そうですね、縦が六尺横が二尺程だったと思います』


遥か東の島国の文化を知り尚且つそれを日常に取り入れているという博識と風雅な趣味に、また一つ侍女たちの中で婉蓉の株が上がった。


そんな風に思われていることなどいざ知らず、彼女はポツリポツリと記憶を探るように茶の湯について語りつづけた。


『必要な道具は鉄製の茶釜、風炉、炉縁(ふろ、ろぶち)、茶器、茶碗、茶杓、蓋置、建水、柄杓、茶筅、茶巾、帛紗(ふくさ)の十三点

高価でなくとも落ち着いた品のよいものが好まれます
風炉で十二分に沸騰させた茶釜の湯を柄杓で茶碗に注ぎ、一度温めてからお茶を煎れます

色々と手順があり、茶を煎れた後までが作法ですから覚えるのは中々簡単ではありません

おもてなしの心と風雅を大切にするのが、茶の湯の心得です
いずれ皆様と一席設けることが出来ればよいのですが』


興味津々と彼女の言葉に耳を傾けつづける侍女頭の頭に、ふと案が浮かんだ。
名案とばかりに表情を綻ばせた彼女は、傍に佇んでいた侍女に耳打ちをする。

彼女の言葉に納得した侍女はニッコリと微笑み頷き、静々と下がって行った。


(これで旦那様も姫様に御心を傾けられるはず!!)


彼女が誰の妹で、どの様な立場・地位にあるかを知らない黄家の侍女頭は、婉蓉を主の奥方として捕まえんとこの日から一層身を粉にして働きつづることなる。






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