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 ―バタンッ―


「黎深様ッ!」


扉を壊さんばかりに開けて尚書室に入室した絳攸に、なんだとふてぶてしい表情で意中の人物は迎え入れた。

いつもの如くその尚書室は書簡で埋めつくされており、今にも崩れ落ちてきそうである。

本来ならば、怒鳴り声の一つも上げるのだが、今日の絳攸は書簡に目も刳れずに机の前にやってきた。
今までにないほどの焦りを帯びた表情に、それまで視線すら合わせなかった黎深が珍しく彼の方を向いた。


「騒々しい…何だ」


高圧的な態度は相変わらずだが、どうやら絳攸の言葉を利く気はあるようだ。
早く話せ、と言わんばかりに扇をパタパタと仰がせているが、絳攸の口から紡がれた言葉に一変した。





「何だと!?」


尚書室から黎深の怒声が響き渡り、吏部の官吏たちは悪鬼の形相を潜め、食い入るように尚書室の扉を見つめていた。


「あの小娘が、悠舜の妹だと?」

「はい、内侍省の叡長官が仰ったので間違いはありません」


黎深の顔が見る見るうちに青ざめていくのが、絳攸にもはっきりと見て取れた。
続いて、彼の脳裏に浮かんだのは、これまで彼が婉蓉に向けて浴びせてきた罵声の数々―。

もちろん内容は、目の前にいる義息子の知るところではなかった。


“ふん、あかわらず藍家の男を取り込むのが上手いな”

“小娘ッ、貴様今日府庫で、あ、兄上のお茶を飲んだそうだなッ…”

“貴様はあの洟垂れ小僧の相手でもしていろ”

“絳攸に近づくな、この売女がッ”



これまでに彼女に向けた暴言がつらつらと浮かび上がっていく。


(もし、もし悠舜に知れれば…)


そう思うだけで背筋が震え上がる。


“黎深、あなたよくも私の可愛い妹に暴言を吐いてくれましたね”

“金輪際、私と妹の前に現れないで下さい”

“あなたとの友情もこれまでです”



(嫌だ、嫌だ…嫌過ぎるッッ!!!)


いつもの如く優しい笑みを浮かべる彼ではなく、凄みの在る笑みでフフと不適に笑う姿。

兄と同様、いやそれ以上に恐ろしいのが悠舜の雷だった。
今黎深の脳内を占めているのは、この事実が悠舜に発覚して、あの爽やかな微笑の裏に隠された怒気を向けられるのか否か、であった。

それからの吏部尚書はいつも以上に使い物にならなかった。
悠舜、嫌われる、などと終始青ざめた表情でブツブツと呟き続ける吏部尚書。


ちなみに、尚書が壊れたと言って吏部の官吏たちが発狂することはなかった。
彼が奇怪な行動をとることはもはや日常茶飯事となっていることが所以である。

しかしながら、彼が仕事をしないために仕事が溜まるの必定であり、今夜も吏部官吏だけは徹夜に仕事に明け暮れている。






 

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