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やがてコンコン、という扉を叩く音がすると共に劉輝の意識は扉へと注がれた。
待っていた人物とは、内侍省を収める地位にある(えい)内侍省長官である。


「突然呼び出してすまなかったな叡長官」


現れた壮年の宦官に、双花は初めて会う人物に互いに顔を見合わせた。
それを覚った彼は、ニッコリと二人に微笑みかけて小さく礼を取った。


「藍楸瑛殿、李絳攸殿には初めてお目にかかります
内侍省長官の任にある叡桂和(けいわ)で申します」


向けられた笑みに二人は、太鑑という地位あるものに礼をさせた不敬にやっと気付き、すぐさま拝礼を取った。
そんな若い二人を微笑ましそうに見つめていた桂和は、ゆっくりと踵を返して劉輝に礼を取った。


「お呼びと伺い参りました、我が君」


“主”と決めた者だけに送る敬称を告げた桂和に双花ははっと眼を見開いた。
宦官と聞くだけで善からぬ思考が働いたことを二人はそっと心中で詫びた。


「うむ、婉蓉が倒れたのだ…
だからこの際宿下がりをと思っているの」

「かしこまりました、至急女官長の親族に早馬を送りましょう」


よろしく頼むと告げ、劉輝はどこか安堵の表情を浮かべた。
一方、二人の遣り取りを気いていた楸瑛は、早馬、という言葉に反応した。


「叡長官、女官長の親族は貴陽にはいらっしゃらないのですか?」


貴陽に住んでいれば使者ですむというのに、彼は早馬を出すと告げた。

何より、春の事から楸瑛はそれとなく婉蓉の出自を探っていたにも関わらず、全くつかめることが出来なかった。
下位の女官が知るはずもなく、かと言って高位の女官も知らされていない。

筆頭女官である珠翠ですら、婉蓉の出自を知っている様子はなかった。


「藍将軍、女官はその出自を後宮内にて一切他言をしないという決まりがございます」


楸瑛に身体を向けて放った言葉は、表情と共に穏やかなものだが、瞳は微笑んではいなかった。
藍家と言えど例外はありませんと暗に告げているのだろう。

なにより、王の後宮に住む花を散々摘んでは棄て、という行為を繰り返した楸瑛に対する不信感も拭いきれない。
居心地が悪いと口元を引きつらせ、楸瑛はそれきり黙り込んだ。


「まあ、知られて困ることではありませんが、双花のお二人には構いませんね」


そう言って人払いをさせると、桂和は壁耳にも聞こえぬように小さな声でポツリと婉蓉の家族について語りだした。


「彼女に両親はいません…後宮に入るときには既に亡くなっておりました

仕官している年の離れた兄君が一人おられますが、その方は地方赴任をされておられるの為に早馬を、とお答えしました」


両親はいないという初めて聞く事実に、双花はもちろんだが劉輝も目を見開いた。


「その兄君は、李侍朗、あなたの父君である吏部尚書の同期でいらっしゃいます
尚書自身も、大変彼のことを信頼しておられる様ですよ

優秀な方ですので、近いうちに中央に戻られるでしょう」


吏部尚書の同期、それは“あの年の国試”の合格者である、ということには絳攸はもちろんだが楸瑛も驚いている。
いや、絳攸は驚くというよりは表情を引きつらせている。


「も、もしや…その方は、あの年の国試を状元で及第され、鬼才と謳われた?」


おずおずとした様子で尋ねれば、小さく頷かれた。


「主上、御前失礼いたします…
至急吏部に戻らせていただきます」


バタバタと慌しく執務室から出て行った絳攸の動きは、今までにないほど素早かった、と後に楸瑛は語った。

ゴホンと一度咳払いをすれば、呆けていた劉輝と楸瑛がハッと我に返る。


「そういうことなので、女官長は数日後宮で休ませた後に宿下がりを、ということでよろしいですか?我が君」

「うむ、長官にまかせる」

「かしこまりました」


ゆっくりと拝礼を行うと、長官は静々と下がっていった。






 

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