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「別に今すぐ答えが欲しいわけではない」

『え?』

「お前がけじめを付けるのだ…返事を急かすつもりは更々無い

とりあえず、あの王がお前なしでも後宮を統括できるように部下の教育でも行ってろ」


そっけないけれど、婉蓉の心を誰よりも優先した彼の心配りに、彼女はただただ涙を溢しながら礼を述べるだけだった。
何度も何度も。

氷の長官と称される彼だが、その心は誰よりも優しいことを婉蓉は知っていた。
だからこそ、彼の言葉が胸を衝く。


「お前が俺に対して恋情を持ってないことは知っている…まあ、気長に待つつもりだ」


泣きながら何度もコクリコクリと頷く婉蓉の髪を撫でる。
いつも纏め髪だが今は休む前なのか、下ろし髪の艶やかな髪が蝋燭と月光で一層艶を放つ。

真っ直ぐだと思われる彼女の髪は、やはり紫家の血筋を感じさせる癖混じりのもの。
柔らかく、それでいて艶のある髪は撫でるごとに手に絡みつく。

癖になる感触だと、彼は夢中になりながら撫で続けた。


「もう遅い、俺はまだ仕事があるが、お前はゆっくりと身体を休めろ
まだ疲れが抜けてないだろう?」


毒を盛られたあと、すぐに解毒の薬湯を飲まされたために後遺症もなく済んだ。
やはり疲れは中々抜けないものである。

王は彼女の疲れなど露知らず、何かにつけて婉蓉、婉蓉と呼びつける。

女官長となればこれまでの主上付き女官とは異なり、雑務も増えてくる。
その事を知らぬのか、側付き女官の如く呼び寄せていた。


管理職ということもあって度々外朝を訪れ、その度に官吏に求婚され、相手を傷つけぬようにと当たり障りの無い言葉でやんわりと断る。

こういった気疲れが重なり、精神的にも疲れているのだろう。
髪を撫でられ、うとうとと眠りに誘われる彼女を抱き上げそっと寝台に横たわせる。

自分を見送らずに寝てしまうのが申し訳なく思っている彼女は、中々寝付かない。


眠らせるためにそっと胸にしまった竜笛を取り出した。

歌口にそっと息を吹き込み、指を躍らせて音を奏でる。
いつものような突き刺すような鋭い音色ではなく、どこか暖かさを帯びた優しいソレ。

まるで子守唄の様に彼女の耳に届く穏やかな笛音が、そっと彼女の室に響き渡る。




やがて小さな寝息が笛音の変わって室を支配する。


月の光に照らされ、彼女の透き通るような白い顔が一層白く冴え渡る。
絶世と謳われる美貌も冴え冴えと輝きを増し、まさに月もかくやと思わずにはいられない。


遠い東の国に伝わる月の姫も、彼女の前では霞んでしまいそうな美貌。

竜笛を仕舞い込み、名残惜しそうに彼女の髪を撫で、そのまま手を滑らせ頬を包む。
ふっくらとした唇を指で撫でれば、ん、と悩ましげな吐息が零れた。


その唇に誘われるように、彼の影もそっと落とされる。
触れるだけの口付けを影に隠れて施せば、また再度彼女の髪を撫で皇毅はそっと室を去った。




三日月が光り輝く夜。
その月に願うのは彼女の心が、自分に傾くこと。


どうか彼女の心が月の満ち欠けと同じように、自身への恋情が満ちる様に―。


そっと胸の内で願うと、らしくもないと自嘲の笑みを溢して、彼の影は宮から離れていった。



To be continue...


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