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「お前は…それでいいのか?」


じっと沈黙を保っていた皇毅は、優しい手つきで婉蓉の髪を撫でながらポツリと呟いた。

彼自身もいつかはこの関係を解消すべきときがくるとは分かっていた。
彼はもうとうの昔に彼の姫を思い出にし、新たな一歩を踏み出していた。

けれど彼女は未だに彼の人に囚われていた。
つい先日も、彼の人の別れの瞬間を夢に見ていたのか魘され、泣き叫んでいたのである。


“花王様、お待ち下さいませ…妾も、妾もお連れになってくださいッ…花王様、花王さま!!”


悲痛な声で泣き叫ぶその姿に、皇毅は胸を締め付けられた。
十三年たった今でも、彼女は彼の人を求め続けていた。

自分の居場所など、彼女の心の中には存在していないことを痛感した。


だが今日、一月ぶりに再会した彼女の表情はどこかすっきりとした表情である。
ふっきれたというにはまだ早いかもしれないが、どこか自分なりにけじめをつけ、前に進み始めているのは皇毅にも伺えた。


『皇毅様には長い間御迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした
そろそろ独り立ちしなくては、若い方々の前には立てませんもの』


胸に寄りかかっていた身体を起こして、しっかりと力強い眼差しで皇毅を見据える。
その瞳にはもはや以前の様な悲しみも迷いも感じられない。


(俺の手は、もう必要ないということか…)


彼女が自分に対して抱いていた感情は、愛情とは別物だと思っていた。


(執着していたのは、俺の方か―)


彼女が自分の手から離れていくことに、寂しさと悲しみが同居する感情が胸から全身へと染み渡っていく。

彼はことのとき、自分が目の前の美貌の佳人を愛していることを自覚した。
別れを告げられて初めて知る自分の感情に、自嘲の笑みを自然と零れた。


『妾はもう一人で歩いてゆけます
どうか皇毅様は自由になって下さいまし

もう妾に囚われる必要はございませんわ』


穏やかに微笑む彼女の表情からは、心からの自身への感謝の情しか感じられない。
そこには自分との関係への未練はない。


(本当に俺のことなどなんとも思ってないんだな…)


彼女の表情を見て、正直自分で思って悲しくなってきた。
なんだって今更失恋なのだと、思わずにはいられなかった。


「わかった…」


皇毅の呟きがそっと婉蓉の耳に届く。

どこか憐憫を帯びた声色に、何か気に障っただろうかと瞳が揺れる。
憂いの表情というのか、なんとも妖艶な表情でそそられる。

不謹慎だと分かっているが、やはり彼女の魅力には囚われて仕方がない。
彼女を手放すなど、どうして出来ようか。


「だが、俺はお前を諦めるつもりはない」


目の前の彼女の目を見つめながら、皇毅ははっきりと告げた。
意外な言葉に婉蓉はハッと目を見開く。

自分がそんな風に思われているなど、露ほども思わなかったのだろう。
次第に彼女の頬が赤みを帯びてゆく。


その様子をじっと見つめてゆけば、え、えぇ、と狼狽し、と驚きを隠せないでいる。
紅く染まる頬にそっと手を伸ばせば、身を強張らせながらも皇毅をじっと見つめ返す。


『皇、毅…様…』

「お前がけじめをつけるというのなら、当分会うことはないだろう…
だが、俺はお前を手に入るなら――王やアイツに頭を下げてもいい」


思い掛けない言葉に、婉蓉の瞳から涙が零れ落ちる。

こんな風に彼の口から求愛の言葉を受けるとは思ってもみなかった。
そして、今までの求愛と違う何かを彼に感じ取ったからである。

武官や官吏、この十数年で数え切れないほどの求婚や求愛を受けてきた。
花王のこともあってか、彼女はその全てを袖にし続けてきた。

けれど、今皇毅から受けた求愛の言葉には何かが違うと感じた。


葵家は自分で終わり、と告げていた彼の心境を変えたのが、他でもなく自分という事に喜びを抱きながら、やはり自分ではダメだと警鐘がなる。

そんな彼女の心境を理解したのか、気にするな、と口を開いた。






 

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