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翌日―秀麗と静蘭は入宮時とは違い、少数ではあるが見送りに囲まれて王宮の門の裏前で佇んでいた。

主上や双花はもちろんのこと、婉蓉と珠翠も二人を見送ろうと来ていた。

紅家から寄越されたであろう軒が目立たぬようにとひっそりと用意され、その傍に、邵可と二人は並んでいた。


「お世話になりました」


ぺこりと頭を下げる秀麗。
その表情は穏やかで愛らしい笑顔が携えられているが、その反面、劉輝は寂しそうな表情を浮かべている。

そんな劉輝のことなどお構いなしに、霄大師がいないことに気付いた秀麗は、キョロキョロと辺りを見渡している。


「残念だわ…霄大師にもちゃんとご挨拶したかったのに、お仕事なんて」


ポツリとした呟きだが、すぐに劉輝は表情を強張らせてズイと顔を近づける。
腹黒じじいにだまされてはいかんぞ、という言葉と共に―。


「はあ?」


素っ頓狂な彼女の言葉を上げるが、後ろにいる邵可と珠翠、そして婉蓉も一様にうんうんと頷いている。
ちなみに双花と静蘭は無言である。

ただ事情を知らない秀麗だけが首をコテンとかしげている。
だが、腹黒、だまされる、という言葉にハッと反応した。


「――もしかして霄大師、約束の謝礼金を踏み倒すつもりじゃないでしょうね!?」


見当違いの憤慨だが、それと決め込んだ秀麗は父・邵可にちゃんとふんだくってくるのよ、と厳しく言い聞かせる。

その様子をじっと見つめていた劉輝は、ポツリと囁いた。


「秀麗は、金目当てで余に嫁いできた上、余をもてあそんで捨てるのだな…」


金目当て、という言葉にうっと唸るが、やはり納得のいかない秀麗は叫んだ。

寂しい、後宮にいてくれと言えない彼のささやかな犯行である。

手切れ金が金500両と知った劉輝はさらに、安いと言ってその三倍は払うと口にしそうになったが、寸前の所で楸瑛に口を塞がれた。

何やらボソボソと耳打ちしているため話の内容はわからないが、恐らくはこれからのことを言っているのだろう。


傍目で見ていた婉蓉は胸中でそう呟いた。

その合間に秀麗は絳攸、珠翠と続けて別れの言葉を述べている。
よくやったという絳攸の労いの言葉に、嬉しそうに頬を染める姿は、さながら師に褒められた弟子のようである。

珠翠は、傍で仕えていたにも関わらず彼女を危険な目に合わせてしまい、後悔の念に駆られていたため、彼女の優しい言葉に涙を浮かべていた。

そしてゆっくりと婉蓉の前に佇むと、先程とは打って変わって優雅な所作で礼を行った。
口には出さないが、珠翠から咎められた言葉と彼女への不敬の言葉に対する謝罪でもあるのだろう。

気にすることはないのに、と胸のうちで吐露するものの、これが彼女の美徳なのだと婉蓉は穏やかに微笑んだ。

その表情に安堵した秀麗は、嬉しそうにニッコリと笑った。
この愛らしい笑顔に、周囲のものを魅入らせるのだろうと納得する。


だが、彼女の表情はすぐに変貌した。


「秀麗様、差し出がましいことではございますが…これからはお仕事をお受けになられるときはきちんと内容をお聞きしてからになさらねばなりませんよ」


うっと秀麗は唸った。
痛いところを衝かれてしまい、何も言えないのが事実である。

小言を続けられてどんどん小さくなる姿は、さながら母に叱られる子供のようである。


「今回は事無きを終えられましたが、次は何が起こるかわかりませんよ

秀麗様も妙齢の女人なのですから、浅慮な行動は貴女様の品位を貶めかねません」


眉間に寄せる険しい表情は秀麗から見れば恐ろしいものではあるが、彼女が本当に怒ったときを知っている他の連中は微笑ましいとばかりに笑っている。

くどくどと続けられる説教に、さすがに秀麗が哀れに思えたのか、邵可はそれくらいに、と止めようとする、が―。


『邵可様、本来ならば貴女様がお教えすることですのよ!』


まさか自分に矛先が回ってくるとは思ってなかった邵可は、ギクッとばかりに身体を強張らせた。

だが、そこは年の功である。
にっこりとした笑みを向ければ、ウッと婉蓉は黙り込んだ。


「家に帰ったらしっかりと言い聞かせるから、今日はこの位にしてくれないかな?」


渋々ながらも溜め息を吐いた婉蓉は、それきり小言を言わなくなった。


「婉蓉様も珠翠も、お暇をいただいたら是非我が家に遊びにいらして下さいね」


お世話になった二人に、ニッコリと微笑みながら双花と同じように招待の言葉を告げる。
珠翠はコクンと頷くものの、婉蓉困った様に苦笑した。

そして、ちらりと自分が後宮を下がれぬ原因となる人物に視線を向けた。
言わずもがな、彼女をお気に入りとして常にそばに侍らせる後宮の主、劉輝に。


『主上のお許しがあればの話でございますが、その時は是非手土産に外つの国の茶菓子をお持ち致します』


外つの国の茶菓子、と聞いた秀麗は目を輝かせ、婉蓉はこういった所は年頃の少女だなと口元を緩める。

すぐさま劉輝に駆け寄り、彼女に宿下がりを許す約束をこぎ付けた。
愛しい少女の余りの形相に頷くしかなかった彼は、ううと顔を歪ませている。
余は王なのに、という言葉と共に―。


それから、秀麗は一つ大きく息を吐くと、いつもの笑顔を浮かべて―さよなら―と劉輝に別れの言葉を口にした。
だが、秀麗の表情は一変し、勢いよく彼の頬を引っぱたいた。


口付けと、両刀という言葉に―。






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