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女官長室にて、室の主はいつもとは異なる非常にピリピリとした表情を浮かべながら佇んでいた。


『自分が何をしでかしたのか、分っているのですかッ…珠翠!!』

「も…申し訳、ございませんッ」


目の前で膝を突き頭を垂れる珠翠を、怒髪天を衝くような荒々しさで婉蓉は怒鳴りつけ、今回の貴妃誘拐事件の実行犯という罪を犯した筆頭女官を、射殺さんばかりに見下ろしていた。

普段は沈静艶麗と謳われる婉蓉だが、今の猛々しさには風の狼である珠翠ですら震え上がるものがあった。


『珠翠、あなたが筆頭女官に立てられたとき、妾が何と言ったか覚えていますか?』


沈黙を保っていた婉蓉は小さく問いただし、珠翠は震える声で是と返事をした。

女の園でもあり、女の戦場とも謂われるこの後宮を仕切る筆頭女官。
その筆頭女官に立てられたのは、奥入りしてから二十年を超える婉蓉ではなく、奥入りして数年足らずの珠翠だった。

順序を考えれば婉蓉であるのは明白だったが、任命されたのは珠翠であった。
その時、婉蓉を推していた女官たちの多くの反対を押し切っての任命に、当初の珠翠は何度も彼女の元へと相談に行った。


『陛下のお言葉は全てにおいて優先される―陛下の御心にそぐわぬ行動は決してしてはならぬ―とあれほど忠告したはずです
それをッ――』

「弁解のしようも、ございません…」

『当然ですッ!!』


珠翠の消え揺れるような小さな声は婉蓉の怒声にかき消された。
筆頭女官は、権力欲の渦巻くこの後宮において私心を棄て、陛下の為だけに行動する存在。

その地位に立つとき、自分は“狼”であった過去を棄てると決意した。
目の前の婉蓉にはっきりと誓いを立てた。


『まぁ、今回のことは霄大師の命によって遂行せざるを得なかったとして大目に見ましょう…』

「申し訳ございません」


か細い声で再度を謝罪の言葉を告げる珠翠に、婉蓉は鋭利な眼差しで見下ろす。
風の狼だからこそ、彼女は珠翠ならばと筆頭女官に立てた。

いづれ自分は後宮から去らねばならぬ。
その時、王の傍で王の心を誰よりも早く酌み入る存在が必要となる。

珠翠ならば、と信じて任命した―。
それは今も変わらない。

彼女の状況を見れば、直ぐにわかった。
だが、女官長として今回の件について釘を刺さねばらなかった。


『ただし、次はありませんよ
たとえそれが霄大師の命であろうとも、主上の御心に反するものであれば、自ら後宮を去りなさい
そして、二度とこの宮に足を踏み入れることは許しません…よいですね』


有無を言わせぬ、鋭い投げかけ。
ゴクリと、珠翠の鳴らす喉音が嫌に響いた。


「御意」

『…下がりなさい』


是と小さく返事をすると、頭を下げたまま静々と珠翠は女官長室から退室した。
その姿を、婉蓉は黙ってじっと見つめていた。






本来ならば謀反の片棒をついだとしてそれなりの処罰を下さねばらなかった。
筆頭女官であるのだから、極刑は免れないであろう。

だが、茶大保の死を頓死とした劉輝の心を思うと下手に彼女に処罰を下すことは出来なかった。
それは香鈴にも同じことが言えた。

彼女は間接的ではなく、直接的に貴妃に毒を盛り命を狙った。
それはたとえ、どんな理由があろうとも許されることではない。

表立って処罰を下すことは出来ないが、女官見習いという職は剥奪しなければならない。
幸い、茶大保の奥方である縹英姫が彼女を引き取ると言う文を早馬で寄越してくれたため、婉蓉が香鈴の処罰について悩むことはなくなった。


(さて、珠翠はどういたしましょうか)


邵可様の顔をたてて、筆頭女官の任を剥奪することはしないとしよう。
劉輝が即位してからこの半年、後宮を守り立ててきたのは間違いなく彼女であるのだから。


悶々と考え込むものの、よい案は浮かんでこなかった。

こういうとき、彼女は自分が無能だなと思い知らされる。
兄の知恵が少しでも自分にあれば、とは思わずに入られなかった。

結局のところ、珠翠の処分については香鈴を茶州まで送り届けるということで見送りにした。






 

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